第二十五話 二度目のお別れをしました

 季節は秋。紅葉シーズンにはまだ早いけれど、新田家は海沿いへとお出かけ。


 幼馴染の陽菜も後部シートで結衣ちゃんと歓談中だ。ほんと、この二人は最近仲が良いよね。


 陸くんは車酔いしやすいあたいを抱っこしてくれている。あたいも成長したからか、最近は車で酔うことも少なくなってきた。時々窓から顔を出すと風が気持ちいいよ。


 今日の目的地は緑の丘から少し離れた海沿いの海浜公園。でもあたいは前世でここを訪れたことがある。たしかコキアと呼ばれる、もふもふした植物をご主人様と見た記憶があるのだ。


 丸々とした可愛らしい形のコキアは和名をホウキグサといい、昔はこの茎を乾燥させてほうきを作っていたらしく、柔らかな感触が特徴だ。は“とんぶり”といい「畑のキャビア」とも言われるらしい。


 前世で見た、鮮やかに紅葉した見晴らしの丘を真っ赤に染め上げる風景はまさに絶景だったと思う。


 公園の入り口から入場すると、あたいは巻き尾をフリフリしながら陸くんたちと見晴らしの丘へと向かった。


◆◆◆


 しばらく歩き、見晴らしの丘に到着。大勢の人がたくさんのコキアと丘の麓に咲くコスモスを鑑賞していた。


「素敵だわ!」

 初めて訪れた陽菜が感嘆の声を上げる。


「ほんとだねぇ……」

 結衣ちゃんもさっそくイムスタ用の撮影を開始。コキアとコスモスの絶景をバックにあたいをパシャパシャしている。あたいは結衣ちゃんに何度もポーズを取らされ、少し疲れ気味。


「ももが疲れているから、そろそろ丘の上へ移動しよう」

 陸くんが助け舟を出してくれた。


 ちなみにお母さんとお父さんは久しぶりに夫婦水入らずで散策中。邪魔しちゃ駄目だよね。


◆◆◆

 

 見晴らしの丘の頂上まで登った時、突然あたいは懐かしい匂いをいだ。これは……前のご主人様の匂いだ‼


 あたいはぐいぐいリードを引っ張ると、懐かしい匂いを追った。そして目指す夫婦を発見すると、猛ダッシュで飛びつく。


「ワンワンワンワン(ご主人様、あたいです!)」


 あたいの鳴き声に驚いた女性(ご主人様)が振り返る。急に飛びついてきたあたいをギュッと抱きしめると、慣れた手つきでなでなでし始めた。


「可愛い黒柴ちゃんね、お名前は?」

 気持ち良さげなあたいをなでつつ、ご主人様が陸くんに聞いてくる。


「ももって言います」

「ももちゃんかぁ……おいくつなの?」

「まだ一歳四か月なんです」


 珍しくあたいが興奮しているので陸くんは少し驚いているようだ。


「まだ若いから元気ねぇ。うちは昨年春に長年飼っていた黒柴を病気で亡くしてね」

「そうだったんですか。それはお気の毒に……」

「小さい頃から我慢強い子でね、病気を早く発見できていたらよかったのだけれど。小さい頃にちょっと事情があって……怖がりで噛み癖もあったけど、今となってはそんな思い出も懐かしいわ」


 ご主人様はあたいが亡くなった時のことを思い出したのか、悲し気にそう言った。


「ここはね、うちの犬と一緒に来たことがある思い出の場所なの。亡くなってからも忘れないように毎年来てるのよ」

「ワンちゃんをとても愛されていたんですね」


 陽菜もご主人様の前世のあたいに対する深い愛情を感じたようだ。


「ええ、本当に可愛かった。あなたたちのももちゃん、顔や性格は全然似てないけど、なぜか昔飼っていた犬を思い出すのよね……」


 その言葉に昔の楽しかった思い出がよみがえってきた。そうだ、あたいも昔この丘をご主人様と一緒に元気に駆け回ってたっけ。


「犬の一生は人間と比べると本当に短いわ。でも、一緒に作った思い出は決して色あせないの……。ももちゃんとの思い出をこれからも大切にしてね」


 ご主人様が今の飼い主である陸くんと陽菜にそう語りかけた。


「はいっ、ももはうちの家族の一員なんです。絶対に大切にします!」

「あたしもこれからずーっと、ももちゃんを可愛がります!」


「うふふ。あなたたち、お似合いのカップルだわ」


 前のご主人様たちは陸くんと陽菜の決意に笑顔でうなずくと、手を振りながら去っていった。


☆☆☆


「ご主人様、さようなら……もう会うことはないかもしれませんが、あたいは本当に、本当に、幸せでした……」


 あたいは前のご主人様たちに二度目の別れを告げた。

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