さようならを告げる前に

Scene.085

 さようならを告げる前に


 冷たい風が吹き抜ける灰色の森。此処は風の回廊。足元を埋め尽くす白い雪に触れると、さらさらと風に舞って消える。それは、幼少の頃の私が目を輝かせた雪のようで、そうではなかった。目に映るもの全てが輝いていたあの頃の光は、今の私の目に届かない。大人になることが、幻の様な輝きに別れを告げることであると知っていたら、私はペシミストにならなかっただろう。

「うわ、めんどくさ。だから恋人できないんだよ?」

 彼女は私の絶望的な溜息を吹き払ってくれる。

「そうだよね。ごめん」

「じゃあ、今の私たちがいる世界が幻で、現実は子どもの頃みたく輝いてるって考えたら?」

「絶望で死にそう」

 やれやれ、と彼女は苦笑した。

 けれども、この世界に“さようなら”を告げる前に彼女に出逢えて良かったと今は思う。


 これにて、了。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る