悪魔の唇

Scene.080

 悪魔の唇


「何にする?」

「アールグレイ。冷たいやつ」

「あら、珍しい。ピューリタンに改宗でもしたの?」

「気がついたんだ」

「ポリフェノールの素晴らしさに?」

「いや、楽に大量殺人ができる方法さ」

 航空管制官という職業は、実に多くの人間の人生に指示を与えている。上昇か下降か、右旋回か左旋回か、待機か、着陸か。

 では、彼らが故意に間違った指示をしたらどうなるだろう? 空港周辺の過密空域で旅客機同士が空中衝突したら? 住宅街に降り注ぐ機材と人体の残骸、それはもう大惨事だ。ユーバーリンゲンでは六十九人、ニューデリーでは三百四十九人、テネリフェでは五百八十三人……。

「あなたがその席に座ってなくて心底良かったと思うわ」

「同感だ。僕は悪魔に勝てない」

 悪戯っぽく笑って、彼はグラスを持ち上げた。


 これにて、了。

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