マンティコアのたてがみ

Scene.077

 マンティコアのたてがみ


 春と呼ばれる季節になった。しかし、連日の雨。世界は三月の肌寒さと十一月の暗鬱さの中に閉ざされている。窓の外の空は暗く、緑の葉をつけた木々の梢は風になびいていた。

 ――海にでも行こうか。

 蒼い瑪瑙のコースターを見つめていた彼はそんな提案をした。

「この天気よ?」

「雨でもいいさ。広い空間を眺めたい」

「確かに、閉じ籠ってるままじゃ人生に飽きるわね」

「人でも殺してみたくなる」

「それは君だけだよ」

 いくら自分の好きなものに囲まれて、好きな紅茶を飲んでいても、それだけの生活が続いたとき、幸福な瞬間は退屈な日々に変わって仕舞う。たまには遠くの街へ買い物に出かけたいし、蒼い海にも行きたい。そこでクラゲに刺されるのも良いだろう。

「ブラックプールでカニでも食べようか」

「最近、海難事故は起きてないわよ?」

 白いマグカップを片手に、彼は苦笑いを浮かべた。


 これにて、了。

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