第11話「シドの豹変」

「パンク・ユニフォームを着たステロタイプのパンクスになるな。たとえその人間が、自分を純度100%のパンクスだと自負してたとしても、その理念に取り憑かれ、表層的意味ばかり追うようになると、最終的にはパンク・フォロワーにしかなれない」


 ジョニー・ロットンは時折、そう言って観客を煽った。だから僕は、シドの真似をすっぱりと止めた。本当は寒くなってきたからである。頭はいまだに坊主だが、必ず帽子をかぶるようになった。やはり、寒いからである。君子は豹変にやぶさかではないのだ。


 半力さんも少しばかり堕落した。僕に付いてこようとはするのだが、少しばかり外の風に当たると、「マジですか? やめません?」という顔をするようになった。しばらくはケージに入れて運んでいたが、バカらしくなった僕は、半力さんを赤瀬川さんの事務所に置いてゆくようになった。


 諸君、やっぱり黒トラはダメ猫である。飼うべきではない。三毛猫は優しいが、他の猫の1.5倍の勢いで太る。やはり避けた方が無難である。ちょっとばかり可愛いからって、出来心を起こしちゃいけない。


 朝、事務所に顔を出すと、半力さんは全力さんと溶け合い、謎のクリーチャーみたいになっている。朝飯を食い終わると、窓際で日向ぼっこをするか、箱の上で二匹で丸くなってる。全力さんは全身が冬毛に生え変わり、だたでさえ短い脚が毛の中に埋もれてしまって、猫という概念がゲシュタルト崩壊していた。


 作品は大分溜まったが、どこからもお呼びはかからなかった。百名の支援者も、最近は全力さんネタで笑いをとる僕の芸風に飽きてきてしまって、「ボチボチ、相場に復帰しませんか?」などと、せっついてくる始末である。そろそろ、賞の一つでもとらないとヤバいかもしれないと思いだした僕は、すっげーマイナーな出版社の新人賞用の作品を、こっそり書き出していた。君子は豹変にやぶさかではないのだ。


「提督カッコ悪すぎー」


 玄関のプリンツが僕を責める。


「いやいや、これが売文業の悲哀と言うものですよ。自分の好き勝手書いてプロになろうなんて輩は、まだイチの鳥居もくぐっていないのです」

「そんなこといって、一次落ちばっかじゃん。やるならちゃんと、可愛い女の子を出しなよ。幻覚とか、猫とか、タペストリーとかじゃなくてさ!」

「この前出したよ。初登場が三十話で、自分でもビビったけど」

「キカイいじりにしか興味のない、メガネっ娘整備士とかどこにニーズがあるのよ。おまけに全然、ラブでコメってないじゃん!」

「僕はジャンプ派だから、ラブコメは無理なんだよ。タ〇チとか、犬〇叉とか何が面白いのかちっとも分かんねえし」

「理由なんかどうでもいいから、主人公に惚れさせなさいよ! 女の子同士で奪い合いとかさせなさいよ! あと主人公を、直ぐに猫や幻覚としゃべらせるの禁止!!」

「えー」

「えーじゃない!」

「奪い合いかー。寝取られモノなら大好物だけど、応募できる賞がほとんどないしなぁ……」

「……」


 壁のプリンツは絶句してしまった。まあ、僕ぐらいの大魔導士になると、自分で自分の妄想に呆れられるくらいの事は、お手の物である。恋愛経験皆無の僕に、恋愛ものを書けというのが、そもそも無理な話なのだ。


 そこらの非リアは、「お母さんからしか、チョコレートを貰ったことない」とか言う自虐ネタで笑いを取ろうとするが、こちとら八歳で実の母から施設にぶち込まれた筋金入りである。物心ついてからというもの、「レシート要らないです」以外の会話を、女性とかわしたことがないのだ。


「提督は作家になる、ならない以前に、人格に問題があるんじゃないかしら?」

「えっ? 人格に問題がある人だけが、作家になるんでしょ? 公民の教科書に書いてあったよ」

「どこの公民の教科書よ!」

「山〇とか、そういう奴じゃない? やっぱ名門だし」

「……提督、もうだいぶ人生投げてるでしょ?」

「これが投げずにいられるかよ! いつもなら、今の時期は沖縄でのんびり過ごしてるのに!!」

「動物を飛行機で運ぶの、結構お金かかるしねえ……」

「それもあるけど、そもそも白河より北に住んでる奴は、人間じゃないと思うんだよね。なんでわざわざ、こんな寒いところに住むんだろう? 頭おかしいんじゃないかしら」

「とうとう、東北民までディスりだした。貧すれば鈍するを地で行ってるなあ……」

「赤瀬川さんには黙っててね」


 こう見えて僕は、家内を大事にする男である。僕はモデム(2400bps)時代から培った検索スキルを駆使して、プリンツを勇気づけるネタを探し始めた。


「何を調べてるの、提督?」

「いや、女の子が出なくても参加できる公募がないか、探してみようと思って」

「そんなのあるの? ラノベでしょ?」

「わかんないけど、もしあったら、この前ちょっと受けた『ちくねこだん。』を出してみようかなって思って」

「ちくねこって、提督がシド・ビシャスのコスプレして、ヘドバンしながら猫を追っ払う奴?」

「そうそう」

「あれ、受けたって言っても、『キチガイの書いたラノベ小説』っていう煽りで5chに晒されて、一瞬ランキングに入っただけじゃん。載っけてたのもステキブンゲイだし」

「ステキブンゲイの事を悪く言うなあああああ!!」


 ステキブンゲイとは、芥川賞に二度もノミネートされたN先生(えらい)が主催する小説投稿サイトの事である。僕みたいなキチガイの書く作品も、時折ピックアップに乗せるくれる素晴らしいサイトなのだ。


「一般文芸作品のみ」を売りにしており、中の人たち(とてもすごい)の目利きも確かなので、投稿されている作品のクオリティも非常に高い。その名の通りのステキなブンゲイサイトなのだ。だが、PV数の話題になると皆自然と目をそらすので、それだけは決して話題に出してはいけない。


「あった……」

「あったって何が?」

「ちくねこが出せそうな公募。ほら見てごらん」


 僕は自分のノートパソコンを壁のプリンツの前に差し出した。


「ほっこり大賞?」

「うん。これならいけるんじゃない?」

「提督? ほっこりって言葉の意味、本当にわかってる? ここに、親子の絆とか書いてあるよ」

「親子の絆あるじゃん(断ち切れてるけど)」

「友情を描いた物語は?」

「友情もあるだろ? 半力さんとの」

「どこの世界に、飼い猫を毒殺しようとするハートフル・ストーリーがあるんですかね?」

「いや、それはまあ、物語を盛り上げるための演出ってことで……。愛犬・愛猫との、笑いあり涙ありのストーリーってところは完璧だしな!」

「完璧かなあ……」


 壁のプリンツは浮かぬ顔していた。

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