第3話

 2月。


 “新型ウイルス”


 日本だけでなく、世界が蝕まれてゆく。


 その日に何が起きたのか、把握をするのがやっとの日が続く。そんな状況に世界中が混乱する。それがウイルス、ウイルスの恐怖だった。色んな場所から色んな形で入る大量の情報。それは常に更新される。何を、誰を信じればいいのか。落ち着いて考える猶予も与えられず、時間は過ぎていった。


 ウイルスはさらに追い討ちをかける。


 4月。


 “緊急事態宣言”


 全国に出された。私達の自由が奪われた。彼と会えなくなってしまった。


 彼と会いたい時に会い、楽しくデートをする。友人と会いたい時に会い、遊びに行く。会社の飲み会があれば、付き合いで参加する。好きな時に好きな場所へ行く。当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなった。


 テレビから流れる数ヶ月前までの映像は、人が密集している。いつの間にかその映像に、懐かしさと恐ろしさを感じていることに、私は驚いた。


 そして徐々に、人々の心がすさんでゆく。ウイルスは、行動の自由も気持ちの余裕も奪っていった。


 どうしてこんなことになったのだろう。次、彼といつ会えるんだろう。


 そうしていつの間にかできた、22時の約束。何も言わずにできた、私達の約束。


 毎日ご飯、ちゃんと食べてるかな。彼は元々料理が好きな人。彼の作る明太クリームパスタが、私は大好き。簡単だけど、すごく美味しいパスタ。好きなワインとよく合って。ワイングラスを、最後に交わしたのはいつだっけ。


 何度か行った名古屋。人は多かった。“禁止”ではない、“自粛”というものの判断は、全て個々でしなければならない。彼も私もテレワークではなく通勤し、コンビニやスーパーは誰だって行く。行かなくちゃいけない場所は地域なんて関係なく、どこも人は多い。


 私には、守りたいキャリアも立場も特になかった。ただ彼を、公私共に支えたい。そう思っいていた。『長くて2年』。どうして一緒に名古屋に行かなかったの?どうして考えたの?迷ったの?どうしてついて行かなかったのよ。


「じゃあ、また明日な。」

「うん。ねえ?」

「ん?」

「おやすみ。」

「おやすみ。早く寝ろよ。」

「うん。おやすみなさい。」


 一日の最後の言葉、『おやすみなさい』を言う度に胸が痛む。


 こんな日が、いつまで続くのだろう。彼はどう思っているのだろう。私は聞くのが怖かった。こんなこと、初めてだった。今までは、何でも言えてたのに。


 明日は、言ってみようかな。言うだけなら。ただ、言うだけなら…。


 そんな時だった。

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