第228話 握りつぶせない報告

 ハイルマン公爵は明け方に秘書官から連絡を受けた。


「詳細はわかってるのか?」


「こちらが報告書になります」


 秘書官は一枚の紙をハイルマン公爵に手渡した。


 一通り読み終わると――


「あの、バカ息子が!」


 ハイルマン公爵は怒りで執務室の机を蹴り飛ばした。


 それも数回。


「はあはあ……」


 今までの鬱憤も晴らすかのうように。


 執務室にいたのがハイルマン公爵だけではなかったおかげで、すぐに冷静さを取り戻した。


「はあーー」


 大きく息を吐いて怒りを抑える。


 今までなら報告が上がる前にハイルマン公爵が間に入り、被害者と話しをつけれた。


 しかし、今回はそうはいかない。


 報告者が〝弓帝〟であるからだ。


 彼女は賄賂などで靡かないだろう。


 この報告を握りつぶすことはできないのだ。


 これはもう切り捨てるしかない。


 そう判断したハイルマン公爵は思考を切り替えた。


「この忙しいときにあのバカに構っている暇はない」


 ハイルマン公爵は息子のグライハルトのことを考えることをやめた。


「ルデアを取り戻すことに集中しよう」


 ハイルマン公爵は今日帝都を発つ予定のルデア奪還部隊の編制内容を確認する。


 〝斧帝〟の部隊を含めた総勢1000人。


 短期間で集められるだけの兵は集めた。


 暴徒を排除するには十分な兵力だろう。


 とはいえ、奪還に失敗したときのことを考えると緊張は拭えない。


 ルデア奪還の失敗とグライハルトの件で責任を追及してくる貴族が出てくる可能性もある。


 今はハイルマン公爵の財力と戦力と中央貴族の掌握力によって皆言うことを聞いているが、いつ後ろから刺してくるかもわからないのだ。


 隙を与えれば、狙ってくる者もいるだろう。


 グライハルトの件も報告が上がってすぐに追及されてもおかしくないのだ。


 ただ、今はタイミングが悪かっただけだ。


 ルデア奪還の責任者としてハイルマン公爵が指揮している現状、ここでハイルマン公爵に難癖をつけたことで奪還が失敗したなどと言われれば、追及したほうが追いつめられてしまう。


 貴族たちは静観するしかないのだ。


 それをハイルマン公爵も理解していた。


 だから――


「失敗は許されない。ここで止まるつもりはない」


 ハイルマン公爵はそう呟いて、執務室の窓から見える準備を進める兵の姿を眺めた。


 ルデアの奪還が成功すれば、占領した暴徒どもの弾圧でさらに忙しくなる。


 そうなれば、お互いの席の取り合いどころではなくなるだろう。


 ハイルマン公爵はルデア奪還が成功するように手を尽くすしかなかった。



 そして、数時間後。


 皇城の門が開かれた。


 そこから帝都の城門まで伸びる一本道の左右を民衆が囲み、膝を突いていた。


 ルデア奪還部隊がその道を通ると民衆が皆頭を下げる。


 部隊の戦闘には〝斧帝〟を冠する斧の旗がはためいていた。


 その後を追って大勢の兵が城門に向かって行進する。


 全部隊が通りすぎるまで民衆は頭を下げ続けた。


 厳かな静寂を背にルデア奪還部隊は帝都を出発した。

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