第222話 雇い主

 琉海は何度も精霊術による電撃を流した。


 意識が飛ばないように威力を加減する。


 度重なる電撃に傭兵頭の目は怯えの色に染まっていた。


「もう一度聞く。どの貴族からなんて言われてきた」


「…………」


「言う気はないか。なら――」


 琉海がもう一度、電気を流そうとすると――


「わ、わかった……。い、言う。言うからもうやめてくれ……」


 完全に傭兵頭の心が折れた。


「た、たのむ……」


 頭を地面に突けて懇願する傭兵頭。


「なら、教えろ。お前らに命令しているのは誰だ?」


 装備がバラバラなところからこいつらは誰かに雇われたのだろうと琉海は推測して

いた。


「お、俺たちは傭兵だ。金で雇われたんだ。命令じゃねえ」


「なら、その雇用主は誰だ?」


「や、雇い主はハイルマン公爵家の長男――グライハルト・ハイルマンだ……」


「ハイルマン公爵家の長男……?」


 ハイルマン公爵は中央貴族を統率している人物。


 ハイルマン公爵の人相は事前にレオンスから似顔絵を見せられていたので把握していた。


 中央貴族や重要人物はすべて似顔絵が用意されていた。


 その似顔絵の中にハイルマン公爵家の長男の似顔絵はなかった。


 そこまで重要ではないという判断だったのだろう。


 しかし、琉海たちは現在狙われている。


 陽動に釣られずにこちらの目的を読まれたのだろうか。


 琉海がグライハルトのことを考えていると――


『ルイ! 西側の建物の屋根からこっちを見ている人間がいるわ』


「わかった。そこは俺が確認する。エアリスは守りを頼む」


 琉海は確認するために路地裏から一足飛びで屋根上に上った。


 整理術の身体能力強化を目に集中させる。


 視力が上がり、人影が見えた。


「あれか……」


 月明りが雲で遮られていて顔までは見えない。


「戦況を確認している監視か?」


 琉海は一気に加速させて接近する。


 死角から回り込もうとしたが、屋根の上にいるひとりが琉海の接近に気づいた。


「誰だ!?」


 相手も琉海の人影しか見えていないようだ。


 琉海は足を止めた。


 強行突破で一気に制圧することもできるが、万が一関係なかった場合、姿を見られては今後の動きに支障が出る。


 ここは会話で偶然かどうかを確認することにする。


 次第に雲が流され、月明りがお互いの姿を照らした。


「「「お前はッ!」」」


 お互いに知っている顔が目の前にいた。


(昼間に会った奴らがなんでここにいる?)


 琉海の眼前には昼間に因縁を付けてきた貴族とその護衛。


「な、なんでお前がここにいるんだ!」


 貴族の男が琉海を指さして叫ぶ。


「ここから離れてください。グライハルト様!」


 護衛の男が庇うように立った。


「グライハルト……お前がグライハルト・ハイルマンか」


 昼間に会った貴族がまさかのグライハルト・ハイルマン。


 あの時の印象から頭が良いようには思えなかった。


 そんな奴がこちらの作戦を読むことができたというのか。


 バカ貴族を演じていたならあり得るのかもしれない。


 もしくは、父親のハイルマン公爵の命令で傭兵の監視役を任されたのだろうか。


「ここで逃げろだと! ふざけるな! 俺はあいつが跪くところを見に来たんだぞ!」


「もう、それは叶わないかと……」


「はあ?」


 グライハルトは何を言っているんだという表情をする。


「あの少年がここにいるということは、用意した傭兵は全滅したと思ったほうが良いかと思います」


 ボレガスはそう言って、琉海へ視線を向ける。


 その視線には警戒と畏怖が混じっていた。


「ふざけるな! 平民があれだけの数を倒せるわけがないだろ! どうせ、逃げてきたんだ!」


 平民が自分たち、貴族より強いことを信じたくないようだ。


 そんな主人とは違い、ボレガスはそう思っていないようだ。


「その可能性はかなり低いです。じゃなかったら、この静かさの説明がつきません」


 ボレガスは辺りがあまりにも静かであることに気づいていたようだ。


 グライハルトの言い分が正しいのであれば、琉海を見失った傭兵たちが騒がしく周辺を探していなければおかしい。


 だが、琉海を探しているような人間はいない。


 人の出歩かない真夜中なら一目瞭然だった。


「くっ……」


 ボレガスの言葉に反論が浮かばないのか、グライハルトは歯を食いしばる。


 グライハルトも薄々はわかっていたのだろう。


 ただ、それを認めたくなかったのだ。


 平民よりも自分が劣っているという事実に。


「私ではほんの少ししか時間を稼ぐことができません。なので、今のうちに早くお逃げください」


 ボレガスはそう言って腰から剣を抜く。


 ボレガスの実力は、さきほど襲撃させた傭兵たちより少し上。


 そして、その少し上ぐらいでは、琉海を抑えることはできない。


 一戦交えればそこが死地になると自覚しているのだろう。


 ボレガスの覚悟が伝わったのかグライハルトは踵を返す。


「逃がすか」


 琉海は精霊術の身体強化による膂力に任せて走り出そうとした。


 その瞬間、琉海の頭上から矢が飛来してきた。


 琉海は一瞬の判断で動きを制止する。


 死角からの矢に気づいてなければ撃ち抜かれていた。


 それも普通の矢ではなさそうだ。


 琉海は矢の刺さっている足元を見る。


 そこには元々刺さっていたかと錯覚するほどぴったりと直立する矢があった。


 矢の周りには無駄な衝撃がないのかヒビすらない。


「そこまでよ!」


 女性の声が隣の家屋の屋根上から聞こえてきた。


 そこには、女性が弓に矢をつがえて構えていた。

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