第208話 脅しと拡散

 占拠された町――ルデアの防壁前で門が開くのを待つ人たちが全く反応のない異様さを感じ始めていた。


 そんな中、誰かが防壁の上から見下ろす人間の姿に気づいた。


「お、おい! あれ!」


 気づいたひとりが指をさすと大勢がそこに注目する。


 そして、苦情を言える相手が見つかるや否や騒ぎ始めた。


「おい! この門を開けろ!」


「商品がダメになっちまうだろ! 早くしろ!」


 会話できる相手が見えたことで待たされた者たちの怒りは爆発し、「早く開けろ」と罵声を飛ばす。


 しかし、防壁の上に立つ男――ギードは彼らの罵声に反応せず、伝達事項のみを行った。


「よく聞け! この町はもうルダマン帝国の物ではない! この町は我々が占拠した! 町の行き来は今日より一切行うことを許さない! わかったらさっさとそこから離れろ」


 防壁の上から飛ばされた言葉が何を言っているのか、理解できなかったのか、静まり返る。


 それも数舜、遅れて頭の中で言葉が整理できたのか、先程よりも多くの罵声が飛び出した。


「ふざけるな!」


「何様のつもりだ!」


「早く開けろ!」


「通告はした。そこに居座る場合は、こちらも強硬手段を取らせてもらう」


 ギードはそう言って腕を挙げた。


 すると、十数名が防壁の上から姿を現し、締め出されている者たちへ弓を構える。


 その光景に皆、口を塞いだ。


「直ちにそこから立ち去れ!」


 静まり返った場にギードの声はよく通った。


「ふざけるな! こんな横暴が許されるか!」


 冒険者の風貌をしたひとりが反論し、集団の中から前に出る。


「なんでお前が決める! いいからさっさと門を開けろ!」


 皆の代弁者となった冒険者に注目が集まる。


 しかし――


「やれ」


 ギードの命令で数人が矢を放った。


 数本の矢が冒険者の風貌をした男の体に刺さる。


「ぐっ…………」


 苦悶の表情で矢が突き刺さったまま仰向けに倒れた。


 脅しだけで本当に射られるとは思っていなかったのか、その光景に顔面蒼白になる者たち。


「こうなりたくなかったら、早く去れ」


『――――うあああ!!』


『――――きゃあああ!』


 ギードの言葉で我に返った彼らは一目散に逃げ始めた。


 目の前で犠牲者が出れば当然だろう。


 次は自分に矢が飛んでくるかもしれないという恐怖を感じた者たちが我先にと逃げていく。


 しかし、全員ではなかった。


 5台ほどの荷馬車とその周囲を守るように立つ者たちが残っていた。


 その中で豪華な服装をした恰幅の良い男が騒いでいる。


「お前たち! あいつらの討伐を依頼する! 金ならいくらでも出すぞ!」


 逃げていく人たちの中で叫ぶ男は良く目立った。


「あれは……」


 ギードは事前に調べていた人間の顔を思い浮かべる。


「たしか、ルデアに本店を持つ商会の会頭があんな顔をしていたか」


 会頭自ら商品を調達しに行っていたようだ。


 そうなると、高額な商談があったのかもしれない。


 運んできた商品も高い値打ちものが多そうだ。


 その会頭がここまで荷馬車の護衛を行っていた冒険者に交渉を持ち掛けているようだ。

 しかし――


「な、なぜだ! 金ならいくらでも払うと言っているだろ!」


 交渉はうまくいっていないようだ。


 それもそうだろう。


 冒険者は国の問題に関わろうとはしない。


 関われば泥沼に嵌って抜け出せなくなる可能性があるからだ。


 国の問題に関わろうとする心意気を持った者たちは皆騎士になっている。


 面倒事に巻き込まれないために冒険者をしている彼らが、占拠された町の解放に力を貸すことはないだろう。


 冒険者ギルドからの命令でもない限りは。


「ならば、ここまでの金も払わぬぞ!」


 ルデアまで荷馬車を警護した金を払わないと脅しをかける行商人の会頭。


 彼はこれで冒険者が手を貸すと思ったのだろう。


 しかし、彼の思っていた解答は返ってこなかった。


「ああ、それで構わない」


 冒険者たちはそう頷くと荷馬車から離れていった。


「お、おい!」


 去っていく冒険者たちに呼びかけるが、誰も相手をしなかった。


「くっ……くそっ!」


 冒険者に見捨てられた彼にできることはない。


 ギードを睨みつけていたが、その横にいる弓兵を視界に入れると、苦虫を嚙み潰したような表情をして踵を返した。


 彼も荷馬車を率いて去っていく。


 そして、この事態は帝都に広がっていくことになった。

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