第197話 〝剣帝〟の部隊の合流

 その頃、帝都に近い町では〝剣帝〟の部隊が滞在していた。


「副長、1日休んだら帝都に向かうんですよね」


 〝剣帝〟の部隊の一人が副官のスレイカに聞く。


 現在は隊長である〝剣帝〟エリ・ルブランシュが不在のため、この部隊の指揮官はスレイカだった。


「ええ、隊長からの命令です。情報収集は後回しにして帝都に辿り着くことを優先します」


 当初の目的はザーガスが使用した薬物をルダマン帝国内で民衆が使用していないか調査する予定だった。


 しかし、各町での調査はせずに帝都に向かうことを最優先にするようにエリから言われていた。


 おそらく、帝都でザーガスの豹変原因の調査をするつもりなのかもしれない。


 ここまで馬も兵も酷使してここまで来ていた。


 馬と兵を休ませ、物資の調達をするために1日この町で滞在してから帝都に向かう予定だ。


「各自、物資の確認と補給をお願いします。それが完了次第休憩。明日の明朝に出発とします」


 スレイカの命令に従い、部隊員は宿の各部屋で荷物を下ろした。


 スレイカも個室で装備を外し、ベッドに腰を下ろす。


 胸元に触れてちゃんと持っていることを確認する。


 エリから渡された一通の手紙。


 これを皇帝に渡すように言われている。


 こちらが本命だろう。


 手紙に記されているのはエリの残った町の実情とバズール男爵についてと聞いている。


 バズール男爵については、もうすでに帝都に伝わっているかもしれないが、反乱の可能性が高まっている領土があることについてはどうだろうか。


 あそこは火種になりかねないとスレイカとエリは危惧していた。


 その火種が開花したら、大火となってルダマン帝国内を燃やすだろう。


 貴族の見栄や面子めんつによって行動が縛られる。


 火種があるとわかっていても表に出てこないと対処する権限がなかった。


 皇帝直属とはいえ、所詮は軍人。


 ルダマン帝国内の貴族を敵に回せば、本当に戦う必要が出てきたときに孤立してしまう。


 わかっていても手出しすることができない状況にスレイカは内心でため息を吐く。


(火種の場所が陛下の所有する場所だったら、〝帝天十傑〟の権限ですぐに鎮圧することができたのでしょうけど……)


 貴族の面子めんつのためにどれだけの民を犠牲にするつもりなのか。


 いや、彼らは同じ貴族以外は人間とは思っていないのかもしれない。


 ただし、自分の身に危険が及べば軍に泣きついてくる。


 ルダマン帝国の貴族たちはそんな奴らばかりだ。


 まともな貴族たちはここ数年で何もないようなへき地の領土へ左遷されてしまっている。


 自ずと地位と権力にしか興味を持たないような貴族だけが皇帝の周りに残った。


 今のルダマン帝国の上層部は不安定としか言いようがない。


「この手紙がちゃんと皇帝に届けばいいのですが……」


 〝剣帝〟の副官とはいえ、皇帝に直接手渡すことができるかは間に入ってくる貴族次第。


 間に入ってきた貴族が余計な邪魔をしてくるかもしれない。


 〝剣帝〟であるエリ本人なら皇帝への謁見も叶っただろう。


 帝都に着いてからの苦労を想像するだけで、スレイカの疲労が蓄積される。


「はあ……」


 内心で抑えていたため息が口から洩れた。


「先の心配をしても仕様がないですよね」


 最悪、帝都にいる〝帝天十傑〟の誰かに話を付けてもらうことも考えていた。


 ただ貸しがどれだけになるかはわからない。


 どうすることもできないときの最終手段だ。


 他の〝帝天十傑〟は性格に色々と難がある。


 〝剣帝〟のエリがまともであるせいで、余計にそう思えてしまう。


 スレイカが帝都に着いてからことを考えていると外が騒がしくなっているのが聞こえてきた。


「どうしたのでしょうか」


 それと同時にこの部屋に近づく足音も聞こえてくる。


 そして、スレイカの部屋の前で足音が止まり、扉が開かれた。


「待たせたわね」


 砂埃でくすんだ色になってしまっているエリがいた。


 騒がしかったのは隊長が戻ってきたことによるものだったようだ。


 色々と思考を巡らせていたが、そのほとんどが必要なくなった。


 スレイカはホッとして体の力を抜いた。


「早かったですね」


「思っていたよりも早く事が起きたのよ。ただし深刻な問題も発生したわ」


 エリは町で起きたことについて語った。


 部隊が町を離れた夜に反乱が起き、そのほとんどを逃してしまったこと。


 反乱の中で〝剣帝〟と互角に戦える者がいたこと。


 エリは詳細を伝えた。


 聞き終えたスレイカは正直驚いていた。


 〝帝天十傑〟の一人と対等に戦える者がいたことに。


 そして、思い浮かぶ人物がいた。


 最初に視たときにもしかしたら〝帝天十傑〟と同様の強さなのではないかと思った人物。


 確証はないけど、可能性はある。


「その者はもしかしたら、ザーガスを倒した少年では?」


「わからなかったわ」


 ザーガスと戦っていた少年の姿を見ていないエリでは、対等に戦った相手が同一人物であるかは判断できないようだ。


「でも、重症を負ったはずなのにすぐに回復してたのよね。あの回復力がなければ捕まえれたんだけど……」


(エリが愚痴のようなことを言うなんて珍しいですね)


 エリと幼馴染のスレイカはエリが言い訳を滅多にしないことを知っていた。


 だから、相当悔しかったのだろうと思った。


 ただ、それだけの実力を持つ者が反乱軍に加担しているとなるとまた相まみえることになるだろう。


「捕まえた反乱軍の残党から情報は得られなかったのですか?」


「ダメだったわ。彼らは口を割らずに自決したわ」


 エリが気絶させたはずの半分以上はデルクライル子爵の私兵によって殺されてしまった。


 少なくなった情報源からも得られた情報はなく、脱出口を探すのに奔走している。


 現在もデルクライル子爵が脱出口を探し続けているだろう。


 その町でやれることがなくなったエリは、自分の部隊に合流することにしたようだ。


 エリの馬は複数の魔道具を装備しており、風の抵抗を無くしたり脚力を強化することで普通の馬の数倍の距離を走ることが可能になっている。


 そのおかげですぐに部隊に追いつくことができたのだろう。


「そうなると、事前に渡されていた手紙とは内容が全く違うものになりますね」


「ええ、陛下へは私が直接話すわ。だから、もうその手紙は処分してちょうだい」


「わかりました」


 スレイカは懐から手紙を取り出し、火の魔法で焼却した。


 その後は部隊の状態や今後の予定を煮詰めていった。


 明日には帝都に到着する予定だ。

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