第198話 暗躍の合流

 帝都のとある場所。


 寂れた家屋にフードを被ったジャックが入っていく。


「遅かったな」


 家屋に入ると多田羅平良たたらたいらが出迎える。


「ちょっと厄介な人間と精霊に遭遇しましてね」


「精霊と人間?」


 聞き返してきたのは奥にいたもう一人――榊原達武さかきばらたつむだった。


「何か知っているんですか?」


「スティルド王国での実験の際に上級精霊と精霊使いに邪魔された。その時に、左腕と古代魔具エンシェント・アーティーファクトを失った」


 榊原は自分の左の二の腕を右手で掴む。


 肘から先は失われており、袖がヒラヒラと靡いていた。


「その精霊使いは俺らと同じ人間かもしれない」


「ほう、それは興味深いですね。貴方たちと同じ異世界人ですか」


 ジャックの口角が上がる。


 フードでその表情は二人には見えていないだろう。


「まあ、仕方ありませんね。古代魔具エンシェント・アーティーファクトとはいえ、あれは量産されたものですし、そこまで強力なものでもないので問題はありません。それよりも成果はどうでした?」


 榊原たちには魔薬を複数渡している。


 どれも素材や配合の比率が若干違っているため、効力にも差が出てくる。


 その効力の実験を他国で行ってもらっていた。


 ジャックはついでに他国の国力を低下できれば一石二鳥と考えてもいただろう。


「スティルド王国の壊滅はその精霊使いに防がれたが、この魔薬でドラゴンが生み出せることは確認できた」


 榊原はそう言って、小瓶を机の上に置く。


「ただの人間から幻獣種のドラゴンへと至ることができるとは上々の成果ですね」


 ジャックはその小瓶を受け取り、懐にしまった。


「だが、そのドラゴンも精霊使いには通用しなかった」


 ドラゴンの強みは長年生きたことで培われた経験と強大な力。


 そして、人間以上に賢いこと。


 それらの能力を持ってないドラゴンに生まれ変わっても強みを生かせない。


 それも元々人間だったのが、突然ドラゴンになるのだ。


 人間だった意識がドラゴンの本能によってかき消されても人間だった時の記憶や沁みついた恐怖は中々拭えるものではないだろう。


 純粋な子供のドラゴンよりも弱いと想定した方がいいだろうとジャックは推測する。


「精霊使いの彼には私のお気に入りもやられてしまいましたからね。生まれたてのドラゴンでは相手にならなかったでしょう」


「だから、使用には気を付けた方がいい」


「ご忠告ありがございます。では、次をお願いします」


「次?」


 ジャックは封蝋で閉じられている一通の封筒を榊原たちに渡す。


「これは?」


 榊原は封筒の裏表を確認するが、何の記載もされていない。


「それをレーブン王国の港から出航しているヤマト大陸の港に持って行けば、君たちの同志に会えます。その者の元で命令をもらって動いてください」


「同志?」


 多田羅が訝しそうな視線をジャックに向ける。


「君たちの同郷の人間ですよ」


「そいつがあんたの代わりに俺たちの上司になるってことか」


「契約関係から見れば、どちらかというとヤマト大陸にいる方のほうが私の上司ですね。つまり、一個上の上司から命令が下されるようになったということです」


「命令系統に大きな変化はありませんよ」とジャックは最後に付け加えた。


「こちらでの仕事は私だけで何とかなりそうですし、あちらはかなり騒がしいようですからね。不安定な場所に戦力を集中させるのは基本ですよ」


 納得したのかわからないが、2人はジャックから渡された封筒を懐にしまった。


「では、お願いしますね。私もこちらでの用が終わればそちらに向かいますので」


 ジャックはそう言って、家屋から退出しようとして足を止めた。


「そうでした。成果の報酬を渡し忘れていましたね」


 そう言ってジャックは榊原の左肩を掴んだ。


「おい! 何をするつもりだ!」


「ジッとしてください」


「ぐっ!」


 暴れ出そうとする榊原をジャックは肩を掴んでいる手に力を入れることで制した。


 ジャックに従って大人しくする榊原とその光景を見ている多田羅。


 二人がジャックの行動を待っていると、榊原の失っていた肘から先の腕が再生した。


「マジか!?」


 榊原は自分の左手を触って確認する。


「切断された腕を繋げるぐらいなら、治癒魔法で何とかなるけど、再生は無理だって言われていたのに……」


 多田羅も呆気に取られているようだ。


 二人を残してジャックは部屋を退出する。


「手頃な生命力を調達できていたのが幸いでしたね」


 ジャックは不気味な笑みを残して、路地の暗がりに消えていく。

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