第123話 中断

 琉海はシュライト侯爵家の縁戚関係のある人間との縁談をトウカが紹介しに来たのだろうと推測していた。


 それがまさか、幼馴染から告白されるとは思っていなかった。


 それも武闘派の刀香から。


(今は貴族の彼女だからこういうことも起きるのかもしれないが……)


 十中八九、刀香であるのだが、一応、相手は貴族だ。


 琉海は言葉を選びながら、トウカに理由を聞いた。


「その……私と婚姻を結びたい理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。私は平民です。最初に言っておきますが、スタント公爵家とは懇意にさせていただいておりますが、何も権力などは持っておりません。政略結婚でしたら、私はお相手として不足かと」


 理由を聞くついでに自分には婚姻を結ぶ気はないと遠まわしに伝えてみた。


 トウカは後ろに立つ侍女に視線を向ける。


 ミレルナは一度瞼を閉じ、細く息を吐いた。


 そして――


「お話しの最中に間に割り込んで申し訳ございません。そちらについては私からお話しさせていただきます。まず、トウカ様がルイ様に婚約をすることになったのは、賭けに負けたからです」


 ミレルナは淡々と答えた。


「賭けですか?」


「はい。騎士武闘大会で負けた相手と婚約することが、トウカ様と現御当主様との賭けでございます。トウカ様がルイ様に負けた時点で、婚約を提案させていただくことになっておりました。ただ、そのお相手が騎士武闘大会優勝者であることは予想外でしたが」


 さらに詳しく聞くと、トウカは自分の相手は自分で決めたいと言ったそうだ。


 それはできないとシュライト侯爵家の当主は一刀両断。


 ならばと、妥協案として自分より強い相手なら結婚してもいいとトウカが提案したようだ。


 権力もだが、それ以上に武力の強さに重きを置くこの国では、こういうことはよくあるようだ。


 特に武力で高みに手が届く女性だと尚、こういうことになるらしい。


 自分より強い相手でなければ結婚しない。


 トウカの主張を聞いたシュライト侯爵家当主は、その提案に乗り騎士武闘大会で負けた相手と結婚することを言いつけたようだ。


 そして、優勝した暁には、自由に相手を選んでもいいとのことだった。


 トウカは躍起になり、優勝を目指したが琉海の前で敗れることとなった。


(なるほど、それであの時のトウカは鬼気迫る表情をしていたのか)


 あの時のトウカの表情を思い出し、納得する琉海。


「――という経緯もあり、できれば婚約していだければと思います」


 ミレルナはそう言い含めた。


「それと、貴族でなくとも、ルイ様は騎士武闘大会の優勝者であり、この国の英雄で

もあります。政略結婚のお相手としても申し分ないかと思われます」


 ミレルナに自分を卑下した琉海の言葉を一蹴されてしまった。


(結婚か……)


 琉海はどうしたものかと思う。


 一層のこと婚約したほうがこの国では動きやすいのだろうか。


 この世界の人間ではない者同士であれば、日本に戻ってしまえばうやむやにすることもできるだろう。


 この世界の住人とするよりかは大分マシに思える。


 そう考えると、この婚約はいい話なのかもしれない


 琉海がそうなふうに逡巡していると――


 バンッ! と勢いよく扉が開かれた。


「ちょっと待ちなさい!」


 開かれたと同時に入室したのは、スタント家当主のエリザだった。


 そして、扉の後ろにはティニア、静華、アンジュ、メイリ、エアリスの五人が覗き込んでいた。


 琉海の知る女性陣が大集合していた。


「その話は、まずこちらが先よ」


 突然の公爵家当主の登場にミレルナとトウカが言葉を失ってしまう。


「横取りは許さないわ」


 エリザはそう言い、扉で覗いているティニアに視線を向け、指を差した。


「まずは私の愛娘ティニアが先よ」


「えっ!?」


 エリザの言動にティニアはあまりの驚きで目を見開く。


「そちらのお話はそれが終わってからよ」


 あまりの威圧感に負けたのか、ミレルナが口を開いた。


「か、畏まりました。それでは、またの機会にさせていただきます」


 ミレルナはトウカに一度視線を向けてから、エリザに一礼した。


「今日はこれでお暇させていただきます」


 ミレルナはそう言って客間から立ち去る。


 そのあとを追うようにトウカも退出する。


 ちらりと見えた去り際のトウカの表情はホッとしていたように見えた。


 トウカたちが去ったのを見送るエリザ。


「さて、冗談はこの辺にして真剣な話をしましょうか」


 エリザは口角を上げてさっきまでトウカが座っていたソファに腰を下ろした。


 扉の方から複数人の大きなため息が聞こえた気がしたが、そちらに視線は向けずエリザが話を進めるのを待つ。


「正直、私はあなたが騎士武道大会で優勝できるとは思っていなかったわ。ティニアが進めるぐらいだから、本戦には残ると思ったけどね。でも、蓋を開けてみたら、優勝どころかドラゴンを倒して王都を救うほどだったなんてね。ここまでの功績があったら、どこからも引く手数多でしょうね。だから、先に勧誘させてもらうわ。スタント公爵家の正式な騎士になってみないかしら。報酬はそれなりに用意するつもりよ」


「すみません。今は人を探しています。ですので、断らさせていただきます」


 琉海は深く頭を下げた。


「そう。なら、それでいいわ」


 エリザはパンッと一度手を叩く。


「この話は終わりよ」


「え?」


 拍子抜けするほどエリザはあっさり引き下がった。


 もっと、言い寄られるかとも思っていた分、驚きが隠せなかった。


 驚きの表情をする琉海にエリザは教えてくれた。


「騎士になってもらえたら嬉しいけど、勧誘をしたという形があればいいのよ。スタント公爵家の騎士でないことはどの貴族も知っているからね。私が勧誘しないと他の貴族の目が面倒なのよね」


 エリザはそう言って立ち上がる。


 貴族のしがらみは面倒のようだ。


 エリザはそのまま扉に向かう。


 そして、ティニアの横を通り過ぎるとき――


「自分から動かないとダメよ」


 その一言でティニアの顔が赤くなる。


「ふふ」とエリザは微笑みエリザは過ぎ去った。

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