第85話 祝勝会と報酬
馬車がスタント公爵家の屋敷に到着すると、多くの侍女や執事が琉海の出迎えをしてくれた。
『本選進出おめでとうございます!』
琉海達が通る両脇に並び、一礼するスタント公爵家の侍従たち。
「たぶん、お母様が仕込んだんだと思います」
ティニアは恥ずかしげに言う。
「そうなんですか。お礼を言わないといけませんね」
琉海はそう言って歩き出す。
ティニアは先頭を琉海に譲る。
今日の主役は琉海だからだ。
スタント公爵家の人間ではない琉海が大会に出場していたせいで、 従事する者たちにとっては不安の種だっただろう。
ティニアは影で不安の声を漏らしている者がいるのを知っていたみたいだ。
予選で負けていたら、この屋敷もなくなり働き口を失うことにもなる。
不安にならないわけがない。
だが、結果を見てみれば、不安に思っていたのが馬鹿らしいぐらいの圧勝で予選を通過した。
本選に出場が決まったことで、スタント公爵家は没落を回避。
あとは、琉海がどこまでいけるかによって、スタント公爵家が得る利益は上昇していく。
明日からは従事する皆も試合を楽しんで観戦することができるだろう。
琉海が玄関前で執事に扉を開けてもらう。
玄関前で待っていたのは、一人の男性だった。
「やあ、君がルイ君かね。はじめまして。私はタラント・スタント。エリザの夫でティニアの父親だ。よろしく」
「えっと、ルイです。よろしくお願いします」
突然の挨拶にたじろぎつつ、琉海はタラントと握手をした。
「お父様帰ってきていたんでね」
「久しぶりだね。ティニアちゃん。元気だったかい!」
タラントはティニアに抱きつこうとしたが――
「いやッ!」
パンっ!
乾いた音が屋敷に響いた。
「いや、元気そうだね。ティニアちゃんも」
タラントは頬をさすりながらそう言う。
タラントの頬には赤く掌の痕が付いていた。
その光景を見て琉海や静華は痛々しそうな表情をする。
「大丈夫ですよ。あれはいつものことなので」
琉海と静華の近くに来たメイリが教えてくれた。
タラントも頬をさすりつつも、笑顔でティニアと話しているところを見ると嬉しそうにも見えた。
「お父様がいけないんです。いきなり抱きつこうとするから」
「いや、ごめんね。つい、衝動的になってしまって……」
二人がそんなやり取りをしていると、階段を下りてきた人がいた。
「なにをやっているのよ」
「ちょっと親子のスキンシップをしようと思っただけだよ」
「そんなことばかりしていると、そのうちティニアも会話をしてくれなくなるわよ」
エリザはタラントにそう言って、琉海の前までやってくる。
「本選出場おめでとう。明日からもお願いね」
「はい。微力ながら、全力を尽くさせていただきます」
「祝勝会として、色々と用意させたわ。存分に英気を養ってくれて構わないわ」
エリザに勧められて、食卓へ向かう。
その後は、皆で美味しい食事とお酒を飲んで、会話をした。
タラントはティニアを溺愛しているようで、昔のティニアの話をずっとしていた。
ティニアをべた褒めするタラントの話に、ティニアは顔を赤くして恥ずかしがっていた。
そうして、楽しい食事は終了となった。
各々が部屋に戻ろうとしたとき――
「ルイ様、少しお時間よろしいでしょうか?」
琉海はティニアに呼ばれた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「では、こちらのお部屋でお話をさせてください」
琉海はティニアに案内され、部屋に入った。
応接室のようで、ソファと机、調度品が置かれた部屋だった。
応接室には、琉海とティニアだけでなく、メイリもいた。
「そちらに座ってください」
ティニアに言われるまま、ソファに腰を下ろす琉海。
ティニアも座り、二人が座ったタイミングでメイリが紅茶を二人の前に置いた。
メイリは給仕を終えると、紙を持ってティニアの隣に座る。
「それでは、本題に入らせていただきます」
琉海は本題とは何だろうかと首を傾げた。
「ルイ様が本選出場を決めてくださいましたので、約束通りに人探しを手伝おうかと思います」
「え? ですがそれは好成績を残したらのはずでは?」
「本選に出るだけでも好成績と言えますし、今日は窮地を助けていただきましたので、そのお礼も兼ねてです」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそお礼を言わせていただきます。ありがとうございます」
お礼を言い合う二人。
おかしな空気になるが、ティニアが先に口を開く。
「それでですね。まずその人の人相を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「人相ですか?」
「はい。メイリはこれでも似顔絵を描くのが得意ですので、特徴を言っていただいて
似顔絵に反映させていきます。最後にルイ様に見てもらって、似ていない部分などを微調整していきます」
なるほど、警察のドラマとかである目撃者から聞いた顔を描く方法と同じようなことをしようと言うことらしい。
「わかりました。お願いします」
琉海はそう言って、アンリの顔の特徴を伝える。
まあまあ、時間がかかってしまったが、似顔絵は完成した。
「こんな感じですか?」
「はい、そっくりです」
メイリが見せてくれた似顔絵を見て、琉海は頷く。
「綺麗な方ですね」
ティニアも覗き込んで彼女のことを褒める。
「では、この似顔絵を元にまず王都周辺から捜索していきます」
ティニアはそう言って話を終わろうとした。
「あの、もう一人の顔も描いてもらえませんか?」
「もう1人ですか?」
ティニアは二人探している人がいるのだろうかと思う。
「はい。彼女を見つける手掛かりになるかもしれないので」
「その人がですか? 少し踏み込んだ質問になりますが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい。構いません」
「そのもう1人の方はどういった方でしょうか?」
「そうですね……彼女を攫った男の顔です」
「…………ッ!」
ティニアとメイリは驚いて声を発することができなかった。
それもそうだろう。
今日はティニアも攫われそうになったのだ。
さらに、琉海から逃げ切ったことにも多少なりの驚きはあったかもしれない。
あの時の琉海はなんの力も持っていたなかった。
(今の力なら……)
「申し訳ございません。不躾な質問をしてしまいました」
「いえ。ですので、探すときに役に立つかと思いまして」
「わかりました。その男の人相も教えてください」
ティニアに了承を得て、琉海はアンリを攫った鎧の男の似顔絵を描いてもらった。
「では、この二人を探してみます。王都内でしたら、明日中にはわかるかと思います」
「よろしくお願いします」
まずは王都内を捜索し、徐々に範囲を広げていく方法で捜索するようだ。
ついに、アンリの捜索が始まる。
スティルド王国側の捜索は、スタント公爵家の力を借りることで想定より早い速度で進んで行くだろう。
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