第84話 最後の本選出場者

「何をやっているんですか」


 先ほどの琉海への行いを問い詰めるイブラス。


「ちょっと勧誘しただけじゃない」


「あまり軽率な行動は慎んでください」


「そんなこと言ったら、何もできないじゃない」


 イブラスに咎められてリオナがむすっとする。


「はあ……」


 イブラスはやれやれと首を左右に振る。


 その反応を背中で感じたリオナ。


「なに、ため息吐いているのよ。あなたが彼は本選に上がれないって言ったんじゃな

い。蓋を開けてみれば、余裕の圧勝だったけど」


「そ、それは……」


 リオナの反撃にイブラスはタジタジになる。


「イブラスが見誤るなんて珍しいわよね。それ以上に彼がすごいってことなんでしょうけど。イブラスも決勝を勝ちなさいよ。じゃなきゃ、ティニアに馬鹿にされるんだから」


「はい」


 イブラスは真剣な表情になって返事をする。


「それにしても、ティニアの反応は面白かったわね。あれが恋っていうのかしら」


「私も経験がないのでわかりませんが、客観的に見てそうかと」


「ふーん、そうなんだ」


 リオナが一瞬妖艶な顔をする。


 イブラスからはその表情が見えることはなかったが、声のトーンで何かよからぬことを考えているのではないかと危惧してしまう。


「何をお考えで?」


「別に今は何も考えていないわよ。今はね」


 いたずらを考える子供のように無邪気に言うリオナ。


 その言葉がイブラスにとって一番心配になる言葉だということをリオナは知らない。


     ***


 予選の決勝は、ほぼすべてを終え、大盛り上がりの結果となった。


 多少の大番狂わせはあったものの、名高い強者たちは着実に本選出場を決めていた。


 そして最後の試合もついに開始する。


『予選決勝最後の試合が始まった!』


 舞台では、男女二人が武器を構えていた。


 男は斧。


 女は刀だった。


 刀はこの世界では珍しい武器だ。


「へっ、女がここまで上がってくるとはな。だが、それもここまでだ。本選には俺が行かせてもらうぜ」


 巨体で斧を持つ大男が口角を上げる。


 女性のほうはその言葉を聞いていないのか、反応はない。


 しかし、何かぶつぶつと独り言を喋っていた。


「負けない……私は負けない……負けるわけにはいかない」


 俯いていて、表情を伺うことはできない。


「ちっ! さっさと終わらせてやる!」


 男が斧を振りかぶる。


 当たれば、人体が真っ二つになるのは不可避。


 そう、当たれば――


 斧は虚しくも空を切った。


「ど、どこにッ!?」


 男は彼女を見失う。


 そのつかの間 女性は背後に回っていた。


「……負けない」


 女性の気配を背中で感じた男は振り返ろうとしたが、一瞬で意識を刈り取られた。


『き、決まった! なんと、最後の試合を勝利したのは、女性だ。本選に女性が出場するのは、何年ぶりだろうか』


 観客たちも最後の本選出場者に注目する。


 女性は血振りをして刀を鞘に納めた。


 相手を斬ったわけではないので、刀身に血が付いてはいない。


 だが、その動きは、練達者が行う姿に見えた。


「あの女性はどこの貴族の代表だ?」


「えっと……たしか……」


「シュライト侯爵家ですね」


「彼女はおそらくシュライト侯爵家の令嬢ではないですか?」


「あんなお強いご息女がいらっしゃったんですか?」


「ええ、たしか養子だったかと」


 数人の貴族が、舞台を去る茶髪の女性に視線を向けながら、そんな話をしていた。


 女性で強いというのはかなり珍しく、それも騎士武闘大会で本選にまで出場する者となるとほとんどいない。


 それだけ珍しいせいか、貴族たちに注目されていた。


「本選が楽しみですな」


「そうですね」


 貴族たちは頷き、本選に出場する者たちの話題に変わっていった。


 明日から本選が始まる。


 本選は、二日にかけて行われる。


 そして、明日の朝には組み合わせが決まり、すぐに試合が始まる。


 今日は酒場や貴族たちの話題は、本選出場者たちのことで盛り上がることだろう。

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