第64話 対峙
メイリと琉海が会話をしている間も、レイモンドとティニアの会話は続いていた。
「どうだい、久しぶりの王都は。君は王都にほとんどいないからな」
「私も領主の娘ですから、やることもありまして、王都へはなかなか来る機会がないんです」
笑顔で対応するティニア。
「まあ、それもわかるが、結婚したらこっちで暮らすことになるんだろう。そろそ
ろ、こっちに住む準備をしておいたほうがいいと思うが」
「それは相手が決まってからですね」
「ふ、そうか。結婚相手はまだ決まっていないのか。俺に決まったら、可愛がってやるよ」
レイモンドはそう言って、その場を去ろうとしたが足を止めた。
「ああ、そうだ。お前のところの出場者って代役なんだってな。組み合わせ表だと、去年の準優勝した《狂喜の騎士》と同じ組みたいじゃないか。予選落ちしても大丈夫なように準備しておいたほうがいいんじゃないか?」
「…………」
レイモンドは口角を上げて、ティニアを見ている姿が琉海の視界に映った。
何も言えないでいるティニア。
琉海の強さがわからないのだから、大胆なことは言えないのだろう。
ここで勝つと豪語してしまったら、ダメだった時、助けてくれる者はいなくなる。
それだけ、貴族が集う場での発言は慎重を期す。
ここでの言動で、没落の一途を辿ることになるかもしれない。
ティニアが何も言えない姿を見て満足したのか、レイモンドが歩みを再開させたとき――
「ご心配には及びませんよ。負けることはないので」
レイモンドの態度とティニアが何も言えない状況に、琉海は我慢できなくなって動いてしまっていた。
レイモンドは背後から聞こえた声に足を止める。
レイモンドは琉海を一瞥し、知らない顔だとわかると高圧的になった。
「馬鹿な発言をする奴だな。だいたい、お前誰だ」
レイモンドの表情にティニアと話していた時の含み笑いは消えていた。
ティニアを言い包めていた状況に水を差され、不機嫌さを隠そうともしない。
琉海はそんな雰囲気に気づかないフリをした。
「そういえば、自己紹介をしていませんでしたね。私は琉海と申します。スタント公爵家の代表として、今回の騎士武闘大会に参加する者です」
「はっ、代役っていうのは、お前か」
レイモンドは琉海を足から頭までを見て、鼻で笑った。
「線の細いガキじゃねえか。魔力も低い。はっきり言って勝てる要素がねえな。お前も恥をさらす前に、故郷にでも帰ったほうがいいぞ。代役で負けて破滅するのは、貴族だけじゃないからな」
レイモンドは悪い笑みをする。
脅しのようだ。
(まあ、打算ありきの脅しのようではあるが……)
「別にその必要は感じませんね。私が負けることはありませんから」
脅されても、琉海は曲げなかった。
「はっ、実力差がわからない馬鹿か。話にならねえな」
レイモンドはそう言って踵を返そうとしたが――
「ちょっと失礼。俺の話をしていたみたいだから、お邪魔するよ」
青髪の男が近づいてきた。
その男を見てレイモンドの顔に満面の笑みが浮かぶ。
「《狂喜の騎士》がわざわざ入ってくるとはな」
「やあ、レイモンド君。勝手に自分の話で盛り上がって、知らないうちに宣戦布告までされてしまったら、会話に入らないわけにはいかないでしょ」
「宣戦布告って、このガキにされて、何か思うような人じゃないでしょ」
レイモンドに言われて、青髪の男――《狂喜の騎士》は琉海に顔を向けた。
歳は琉海やレイモンドより高いだろうか。
落ち着いた雰囲気を持つ男性だ。
話の流れからして、この人が琉海と決勝で当たる男。
ホルス騎士団の部隊長。
組み合わせ表に載っていた名前――シェイカーだろう。
「やあ、君が俺に勝つと言っていたのは聞いたよ。たしか名前はルイだったかな。よろしく」
シェイカーは手を出し、琉海に握手を求める。
「初めまして。琉海と申します」
「ちょ、ちょっと待って――」
ティニアの制止も虚しく、琉海は握手に応えた。
このとき、レイモンドの笑みが深まる。
手を握ると、シェイカーからものすごい力で握られた。
琉海は思わず精霊術で強化し、同じぐらいの力で握り、手にかかる負荷を相殺する。
咄嗟に対応できたのも、エアリスを具現化させるためにマナを常に生成していたおかげだった。
もし、対応することができていなかったら、琉海の右手は潰されていたかもしれない。
異常な力。
おそらく、シェイカーも強化魔法を使用していたのだろう。
「ふーん、とりあえず、合格かな」
シェイカーは握手している手を離した。
「本選までは楽しめないと思っていたけど、予選でも楽しめそうだ」
シェイカーはそう言って、琉海から離れ、他の貴族が集まる場所へ行ってしまった。
「チッ!」
レイモンドは琉海とシェイカーのやり取りが面白くなかったのか、舌打ちをして貴族の人混みの中に消えていった。
「だ、大丈夫!?」
ティニアは琉海の手を取り、無事か確認する。
敬語で話すのを忘れるくらい、心配しているようだ。
アンジュも近寄って触診してくれた。
静華はどうしたのだろうと思いつつも、近くに来て様子を伺う。
「ええ、大丈夫ですよ」
琉海は問題ないことを示すように握って開いてみせた。
「はあ……」
ティニアとアンジュは安堵のため息を吐いた。
「そんなに心配してどうしたんですか?」
「シェイカーは、毎年握手をして、選手の腕を破壊しているんです」
事前に話していなかったことに罪悪感を感じているのか、アンジュが重苦しそうに言う。
「だから、止めたのに全く聞いてくれないんですもの」
ティニアは若干怒っているようだ。
「すみません。そんなことがあったとは知らなかったので」
「まあ、無事ならよかったです」
もう一度、ため息を吐くティニア。
ちょっと心配させ過ぎたようだ。
「そういえば、ホルス騎士団の隊長って三人ですよね。後の二人ってどなたですか?」
「そうでしたね。えっと……」
アンジュは辺りを見まして――
「あれ? いないですね。組み合わせ表には、名前があったので、来ていると思ったのですが」
見当たらないようだ。
(まあ、予選を勝ち抜けば、そのうち見ることができるだろう)
「そうですか。いないなら、仕方がありません。それに、予選で当たる一人を直に見れただけでも、良かったです」
「ですが、本当に大丈夫なのですか? あれだけ豪語してしまうと……」
ティニアが心配そうに琉海を見る。
「ええ、何とかなりますよ」
琉海は安心させるために微笑んだ。
「そ、そうですか。では、頑張ってください」
ティニアは若干顔を赤くして、後半は早口になった。
「ちょっと喉が渇いたので、飲み物を取りに行ってきます」
ティニアは足早に行ってしまった。
「待ってください。私も行きます」
アンジュはティニアを追いかけていく。
「さて、あれが本気ではないだろう。本気の力だと、どれくらいなのか」
琉海はシェイカーに握られた右手を見つめて、そう呟いた。
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