2章 スティルド王国編

第49話 王都への旅の途中

 翌日。


「もう、行っちゃうんですね」


 ミリアが別れを惜しむように聞いてくる。


「人を探している途中なんだ。見つけたら、また来るよ」


「本当に!?」


「ああ、今度はアンリも連れて来るよ」


 ミリアにお別れの挨拶をし、女将さんからはお世話になりましたとお礼を言われた。


 琉海、静華、エアリスの三人は二人に見送られて宿を出た。


 すると、前方からやってくる人がいた。


「あら、もう行っちゃうの?」


 冒険者ギルド職員のシーラだ。


「人探しの途中だから」


「そう。次はどこへ行くの?」


「王都に行く予定だけど」


「そう。目的が達成できたら、冒険者ギルドに所属してみない?」


「考えておくよ」


 琉海は軽く返事をして歩みを再開した。


 三人が向かったのは定期便の馬車だ。


 この町から王都に向かう馬車があるそうで、琉海たちはそれに乗って王都に向かう。


 正直、琉海が精霊術を使って走った方が速いのだが、それだと静華を抱えた状態になってしまう。


 静華には琉海の魔力を感知することができないため、エアリスの評価する底の見えない魔力量はわからないらしく、琉海だけに無理をさせたくないと言われ却下された。


 そこで、別案として出たのが、馬車の定期便だった。


 馬車に乗ってから数時間。


「馬車って尻が痛くなるな」


 琉海はガタガタと揺れる座席の振動をお尻で受けていた。


「これは、しょうがないわ。車はないし、道も舗装されていないからね」


 静華も揺れに耐えているようだった。


「ふんふんふふん♪」


 エアリスは鼻歌交じりに外を眺めていた。


 しかし――


「……ん?」


 上機嫌だった鼻歌を止め、怪訝そうな表情になった。


「ん? どうかしたのか。エアリス」


「あれ……」


 エアリスが指差した方向は木々が立ち並び、何も見えない。


「どれのことだ?」


 琉海は首を傾げて、木々を見つめる。


「ほら、あれよ」


 エアリスはまた雑木林に指を向ける。


 すると、ガタガタと激しい音を立てながら、こちらに近づいてくるのが聞こえた。


 この音は馬車だろうか。


 瞬間記憶能力で暗記した地図を頭の中で広げ、この先の道がY字路になっているのを確認する。


 おそらく、そこに向かっているのだろう。


「それにしても、慌ただしいわね」


 静華も音に気付き、窓の外に視線を向けた。


 たしかに、この馬車に比べて些か激しいように聞こえる。


「急いでいるのかもしれないわね」


 静華はこの世界で培った経験から、推測したようだ。


 このままだと、ぶつかる恐れもある。


「御者のおっさん、あっちを優先していいから、こっちはゆっくりで頼む」


「はいよ」


 琉海が御者のおっさんに相手を優先するように言い、揺れが緩やかになったことで、馬車の速度が落ちたのがわかった。


 下手に進んでぶつけられても困る。


 琉海たちは譲ることにした。


 交差点近くで馬の嘶き声が聞こえ、琉海達の前方に馬車が飛び出した。


 馬車は止まることなく、走っていく。


 何を急いでいるのか、わからないが、かなり切羽詰まっているようだ。


 琉海たちと同じ進行方向に走っていく馬車を見送る。


 すると――


「ルイ! あっちから何か来る!」


 エアリスが何かに気づいたようだ。


「何が?」


 エアリスが示す方向はさっき馬車が通ってきた道だった。


 徐々に近づいてくる黒い影。


 数秒して、姿を見せたのは十数匹の黒い狼だった。


「あれは……ッ!?」


 静華が驚きの声を上げる。


「静華先輩がこの世界に来て最初に出会った魔物ですか?」


 話に聞いていたので、外見から予測する琉海。


「そうよ……」


 静華は厳かに頷いた。


「このままだと、こっちが襲われるわよ」


 エアリスが警戒するよう言ってくる。


「ああ、わかっている」


 琉海は馬車から降り、戦闘態勢に入る。


 狼の魔物たちの進行を防ぐように立ち、《創造》によって片手に剣を顕現させる。


「静華先輩とエアリスは馬車の中にいてください」


「え、でも……」


 静華も馬車から降りようと思って扉に手をかけていた。


 その手をエアリスが掴む。


「大丈夫。ルイなら、あれぐらいの魔物なんともないわ」


 狼の魔物たちは、一気に距離を詰め、琉海と会敵する――はずだったのだが、琉海と馬車の横を通り過ぎ、先ほど走って行った馬車と同じ方向へ獲物を追う猟犬のように駆け抜けていく。


「……? どうなっているんだ?」


「なんで……?」


 琉海と静華は魔物たちが駆けていった方を見る。


「どうしてかわからないけど、あの馬車を追っているように見えたわね」


「馬車を追っていたってことは……」


「あの速さだと追いつかれるのは時間の問題かもな」


 静華と琉海はエアリスの言葉で想像してしまった。


 十数匹の狼に食い破られ無残な残骸と化すであろう馬車と乗客、御者に馬。


 自分にできることをやらずに目の前で死なれると、多少なりとも心がざわつく。


 そして、そういう光景を想像するとき、一緒に思い浮かぶのは、ヤンばあたちの亡骸だった。


「目覚めが悪いな」


 琉海は呟き――


「ちょっと先に行ってくる。エアリスたちは後を追ってきてくれ」


 琉海はそう言うなり、走り出した。

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