第8話 鮮やかな色彩

 石畳で整備された道を進んだ。区画が整備されているのか、左右対称に似たような石造りの家が立ち並ぶ。しかし、どの家にも生気が感じられない、というか、人の気配を感じない。仕事でほとんどの人が出払っているのか。もしくはかの疫病のせいだろうか?


 まるでゴーストタウンを徘徊しているような錯覚すら覚えた。だから、数人の子供たちがボール遊びをしているのを見かけた時は、少しだけ安堵を覚えた。


 遠くを見ると、整備されているかもわからない、羽部分が錆び始めている風車が見えた。そしてその向こうに、小高い丘が見えた。


「例のお墓のある場所だろうか?」


 思い出したのは、今朝のリリーとの会話だった。あそこにエミリーの墓があるのだろうか。だとしたら、いつかあそこにも訪れてみよう。


 道を進んでいくと、5mはあろう石造りの門が目に付いた。そこをくぐると、先ほどよりかは人の数が増えた。どうやらここは、商店街のようだ。ただ、熱気のある商店街では決してなさそうだ。客の足を止めようと声を張る店主は見当たらない。暢気に新聞を読んでいる人もいる始末だ。この時間は客入りが少ないからなのか。それとも疫病ですっかり商店街が錆び付いたからなのか。


 ふと、大型スーパーが近所に立った田舎の商店街を思い出した。コロッケを買い食いしたり、おつかいで顔なじみの八百屋に行ったり。子供の頃は随分とお世話になったあの商店街も、僕が会社に入社した頃建ったその大型スーパーに客を取られて、気付くと廃れたシャッター街と化していた。シャッター街を通るたび、童心のことを思い出し寂しい気持ちに駆られていた。その時と似たような気持ちになっていた。


「おう、兄ちゃん。ちょっと見てかないかい」


 急に肩を掴まれたものだから僕はとびきりに驚いた。見れば、屈強な男が僕を止めていた。


「僕、お金持ってないですよ」


「まあまあ、そういわずに少しだけ」


 いい大人が無一文だとは信用されなかったようだ。致し方なし。


「冷やかしにしかならなくていいのなら」


 そう断って、僕は店の商品を見た。少しの生臭さと並んだ鮮魚。どうやらここは魚屋らしい。


「うちはこの辺じゃ一番安く、新鮮な魚を取り扱ってるぜ」


「へえ」と適当に相槌を打つ。書かれた値段は通貨がわからず、相場がわからなかった。店主の言葉を信じるならば、この辺で一番安い魚なのだろう。


「最近は村の漁師もすっかり減って値段が釣りあがっていたが、交渉の末にここまで値段を下げられたんだ」


 そりゃすごい。ただ、少し気になることがあった。


「漁師が減ったって、魚が減って失業でもしたんですか?」


「ああん?」


 茶化しているのかと言いたげに、店主は眉をしかめた。


 その様子に僕が怖気づいていると、どうやら本当にわかっていないようだと言いたげにわざとらしいため息を吐いた。


「疫病で皆死んだんだよ。まったく、おかげで昔はあんなに活気付いていたこの商店街もこの有様だ」


 疫病で。

 僕は背筋が凍った。街を歩いていた時から違和感はあった。人が少なすぎる、と。どうやらかの疫病は、僕が想像するよりももっと多く、数多の人の命を奪っていたらしい。


「で、買うの。買わないの」


 肝を冷やしていると、業を煮やした店主が言った。怒気交じりの声だった。


「まさか、本当に無一文なのか?」


 ようやく先の僕の言葉を信じたらしい。しかし、どうやら今や無事に僕を帰してくれる雰囲気はない。


「こ、今度はお金を持ってくるよ」


 僕は強行手段に出た。店主に苦笑しながら手を振って、その場を後にした。


「おい、ちょっと……。お前どこかで……?」


 店主の言葉に耳を貸さず、僕は商店街を進んだ。


 丁度、その時だった。鼻先に、冷たい何かが滴った。


「雨?」


 今日は朝から曇天模様だったが、降ってくるとはついてない。とはいえ、先ほどの店よりはもう少しだけ遠くに行きたい。あの店主にまた絡まれたら、小心者の僕には耐えられそうもない。


 思惑と裏腹に、雨は少しづつ勢いを増していった。


「うわ、こりゃすごいな」


 雨を弾くベレー帽を掴んで、僕は小股で早歩きした。

 

 雨脚は増す一方だった。


「こりゃどっかで雨宿りするしかないな」


 僕は目に付いた家屋に一目散に飛び込んだ。服、ズボン、ベレー帽についた雨を手でさっさと払った。一心地して、僕は家屋の中を見回した。


 家屋には、黄色、青、赤、緑、紫。色とりどりの花が、所狭しと飾られていた。もしや。


「いらっしゃいませ」


 物音に気付いたのか、店の奥から女性の出迎えの声がした。聞き覚えのある声だった。


 冷たい汗が額を伝った。慌てて彼女から背を向けた。


 ガラス越しに、彼女が僕の様子を不審そうに覗いているのがわかった。


「あの、今日はどのようなものをお求めですか?」


「あー」と言葉を濁した。こんな時、相手も微笑ませさせられる洒落の一つでも浮かんでくれればいいのに。「贈り物がしたんだ。えっと、お祝いの品、かな?」


「オリバー?」


 どうやら、洒落は一切意味をなさなかったようだ。


「やあリリー。しばらく雨宿りさせてもらえないかな」


 ベレー帽を外して、苦笑した面をリリーに拝ませた。彼女は尚不審そうに、僕の顔を覗いていた。

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