小話集

白いの

 始まりは普遍的である。騒がしさと緊張感につつまれた世界。かならずその中には無常の響きがあり、それは一種の魚のような生臭さを兼ねそなえている。海岸に打ち上げられた海月は秋の到来をつげ、紅葉の一瞬の激しさを目の当たりにして干からびてゆく。砂は冷やされ、風の冷たさと粉々に砕けた貝殻。ライオンは小さく丸くなり熊は食べものを求め放浪する。

 昼間の食事には好き嫌いがあり、授業で格差が拡大する。一抹の不安と絶望。華やかな光景がまぶしく映る孤独と影の目にはガラス玉のような美しさは存在しない。ラムネの瓶の玉のように奥でコロコロと世界を塞ぎたがり、視界に入らないように懸命に努力する。終わらないようにとする精々の願いはやがて空しく決着する。チャイムが鳴って一瞬間の解放感とにぎやかさの後、一切が終わりをむかえる。私は、とうの昔に燃えつきていたのだ。



 プールに飛び込んだ災厄に金銭的なメリットは何一つなく、笛が警告したけれども、誰も見向きもしなかった。災いは破れたごみ袋のように価値がなく、引き裂かれ燃やされるだろう。

 迷宮は延々と続く森のようなもので、リスのほお袋が粉砕されたそれを作り出している。いずれは消えゆく運命の彼女はかごの中の鳥のように不自由でトロッコに乗った石炭に憧れを抱く。私は迷宮に問いかける。

「そこから出ていけばいいじゃないか」

「チラシに擬態したコンクリートの塊なの」

こうして私と彼女の奇妙な付き合いは始まった。私たちは積み重なった本の切れ端のように会話をした。常に苛立っていた。ジェットコースターのような叫びが森に響き渡り、虎のような恥をもたらした。私は一切の塊の中にあり、彼女は森の中でひっそりと息をしている。無意味な、ダダのような会話とジェスチャーが世界を築きあげ、一連の迷宮をより複雑怪奇はものへと仕立てあげていった。不思議な蜃気楼のふもとに泉の精霊が現れ、私に一つの問いかけをする。

「あなたが落したのは魂ですか。肉体ですか」

私は答えられず、それは死の宣告に等しい。精霊は彼女に一つの問いかけをする。

「あなたが落したのは魂ですか。自由ですか」

「自由です」

彼女は答えた。

「では、これを差し上げましょう」

精霊はそう言って撃ち殺されたばかりの一羽のカモメを迷宮に渡した。水難事故に遭ったそのカモメは安楽死を選んだ。平和の白に赤が混ざったそれはとても美しかった、私は争いを望んでいたのだと、その時初めて気づいた。



 枕の底で眠っていた大海原の怪物はほんの少しだけ動いた。寝返りとまではいかないその動きは、魚たちを震撼させ、海草は踊り狂った。鳩はコウモリの血を吸いながら海草と戯れ、アヒルは魚たちと岩陰に隠れた。

 砂浜ではたくさんのヘビが避難していてわれわれはそれを神話として語り継いだ。

 森に出ると仏は念仏を唱え、キリストは人を磔にする。ヤクザな薔薇が貂を刺し、世界中にその存在を知らしめることになった。電線の張り巡らされた木々の間を照らし赤い光線は、思考の回転を一つの錬金術的な力によって森を集める。やがてその光は夕日と名付けられ、われわれの生活の中で今もなお生き続けている。

 空が灰色になり卵が降る。地面とぶつかると汽車が生え、疾走感とともに部族の称号を与えられる。点々とした空間がギリシア製のペトリコールの遊戯によって、変わり始めている。印象派の誕生の瞬間は金環日食だ。

 やがて夜になり、カモメが店を開く。くだらない絵本の慟哭が法外な値段で転売されている。私は安売りされていた「ユートピア」と書かれた万華鏡を購入した。安寧と陰鬱の狭間で用水路で海水浴をする老人とエビを釣っている鯛が映った。その側面のコンピュータがめくれていて、剥がしてみると、なんてことはない、それはどこにでもある安物の「地獄」だった。

 隣の店では男が野生の電球を売っていて、得意げにそれを捌いてみせた。中身はメランコリックな妖怪で、墓場の傍らで気を紛らわすために知識を飲んでいた。どこでも買えるような、見るからに不味そうなそれらは、欄干の隅に並べられ、いずれ大地と同化するだろう。活動家は声を大にして猫の両手を広げ、犬は寝転ぶ。

 アフリカの石像。白い石。青い太陽。緑の月。加法と乗法を認めることで赤い仮面が出来上がる。館で色とりどりの死が訪れ、遠くの町は男やもめに転生する。

 人形の家で石棺は封印され、市松模様のネズミと黒いエッフェル塔。真白な額の上に刻まれたシュレッダーの刃は深々とわれわれの記憶に突き刺さる。憂鬱とパニック発作が魔術的な結合によって線路の上に置かれる。脱線した家々が連なって本棚にある虚像を作り出す。

 電話が鳴ったので出てみると、無限の山の破片だった。

「トンボが車輪の軸として機能しなくなったんだ」

「奇遇ですね。私もです」

 人生の優しさはその人の義務感で決まる。それらは桜の花びらで、狂気に包まれて散り散りになる。人々はそれを見て感動し、やがて禿げ頭になったその人への興味は失われる。皮が剝がされたのである。車道の金星はそれを哀れみ、慰めてくれるが、彼の悲しみを理解しようとはしない。ただの狸にそれは不可能なことなのだ。



 厚ぼったいお薬を処方された町医者は馬車の上で雷に打たれた。ニワトリの足は宙に浮き、ヘビの舌が彼の心臓を引き裂いた。地蔵が彼に山をくれてやり、町医者はお礼にタケノコを渡した。

 老婆はその話を聞いて自ら雷に打たれた。岩の傍だったため、それは斧のような鋭さで、トレーシングペーパーのような明るさがあった。町の娘は老婆に呪いをくれてやり、老婆はお礼に栞を渡した。「神の禊」と書かれていた。

 遠くから老人がやってきて、老婆に言った。

「私の体温は水滴の柔らかさだ」

老婆は答えた。

「死人の仕業さ」

 町の娘は猿と一緒に木こりを探した。栞は彼を探すために何の役にも立たず、彼女はそれを破り捨てた。しばらくすると、その紙屑から木こりが飛び出してきて、オセアニアの立像に貢献した。娘はもうそこにはいなかった。猿は能面を腹に抱き、その顔はキツネであった。ヤマアラシの群れでひとしきり火の無心をしていたが、その近傍にはいかなる色彩も逃げ去ってしまうほどだった。火の車と化した猿は木こりを売って儲けようとしたが、鉛筆削りの芯の外側にいつの間にか埋もれてしまった。町医者にはどうにもすることができなかった。



 彼女の相貌はやがて地に落ちた。一輪の山が大きくうねり、フランケンシュタイン博士の作った川のせせらぎが美しくはためいていた。焼いたコーンフレークの匂いと川のせせらぎが調和し、彼女の肺のパルティータを編んでいた。この世界の儚さと彼女の永遠の命を憐れんだアフロディーテが真珠の牛を焼き、拷問が生まれた。救急車が一房なっており、その木の樹液を彼女は優しく愛撫した。消防署のそば近くに、虹色の田園が列をなし、遠くの白鷺が爆発するように跳んだ。

 原爆を刻んだ注射器をゴミ箱に捨てるとそれはアルカリ性となって宇宙のかなたへ消えていった。

「アジアの穢れは東北のやましさで、ヨーロッパの虚飾は南洋の寒さなの」

彼女は月に言った。黄色の弾丸に貫かれた月はウサギの内臓で蘇り、彼女に言う。

「カニバリズムはやがて繁栄を取り戻し、神を食らう」

 北方の島で謝肉祭が行われ、彼女は家族とともにモアイ像を称えた。神のお告げによりモアイ像は塵となり、あとには氷河の残骸しかなかった。ペンギンは溺れ、アシカは一足歩行ができるようになる。CDのきらめきを嫌い、猫除けのマングースは何の役にも立たず昼寝とプラスチックの献油でふらついている。譫妄の中で信号機と高層ビルの倒錯が彼女の小脳の煙を支配した。屋上から飛び降りた海馬の端くれは彼女の大切な石の一つで、全ての怪獣をサーカスのテントへ案内し、テントはたたまれた。それはゲームのような星の瞬きの刃であった。彼女の一生はこれ以上厳密には語れない。



 戦場の流列に軽い重油でできた風船が融けあって無尽蔵の谷間が生まれる。あなたは河原でそれを眺めていたが、やがて夕日の上でやまびこを握りしめ熱狂する。途方もない銀河の山脈のかなたに地獄の階段が生まれ魔王はそれにひれ伏す。

 遠くからやって来たと宣うオレンジの木の僧侶は妄想の出身で幸福と寿命を取り扱う家電量販店だ。「カイワレの三千二百円の容貌」と書かれた一セント硬貨を手に取ったあなたはエジプトの流砂に閉じ込められた。

 冷たい牢獄のエッセンスはかようにも著しく、果てのない静脈のように思われた。番人があなたの扉の前にいる。ドアは開け放たれ、薬のケースがカエルとなって消え失せる。階段の下には便所があり、飛行機の手続きのような煩雑さがある。時速六百キロの宇宙人が大統領の腹芸をしてあなたのもとにやってきた。火星の奥底の大西洋が鬼の残像に大地の端くれを又貸しした。貸出カードには永遠の甘美たちが優劣を競い合っていて、それはどうしようもないほどの超新星爆発の様相を呈している。

 アラスカの犬はあなたのためにソリを用意して回復を祈った。伏線の数々があらゆる必然を催し、包絡線の嘔吐が銀河を破滅させる。八百万の賽の目は一切を導く権限をもち、誰も彼もがプロメテウスの言いなりになる。

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