たんぽぽ

 ぽかぽかと優しい、春の陽ざし。僕が生まれたのはそんな陽がよくあたる公園の端っこ。そこで兄妹たちと一緒に育った。


 少し勝気な長女の姉さんには天気の占い方を教えてもらった。今では明日の天気がだいたいわかる。ちょっぴり生意気な末の弟とはよく星座を眺めた。この星座の知識は次男の兄さんに教えてもらったものだったのだけど、それを僕が得意げに弟に披露するものだから、いつも兄さんは横でにやにやと僕を見ていた。はっきりとした物言いの三女とはよく喧嘩をした。彼女は口が達者なのでいつも負けていたけれど。

 そんな感じで毎日、晴れの日も風の日も雨の日も、兄妹たちとたくさんの話をしたんだ。


 そして今日、僕たちはそれぞれに旅に出る。


 立派な白いふわふわの綿毛を纏った兄妹たちは、いつもよりも大きく、背筋がしゃんとして見えた。みんなの表情もどこか誇らし気で、でも、少し寂しそうに見えたのは僕の無意識の願望だろうか。

 柔らかな風の吹く、穏やかな陽気。旅立つのにはうってつけだ。この後雨が降ったりすることもないだろう。


 ふわりと地面から優しく掬いあげるような風が一つ吹いた。その風に乗って、まずは好奇心旺盛な三男が空へと舞いあがった。兄妹たちから歓声が上がる。三男は一回だけくるりとこちらを向いて大きく手を振ると、もう振り返ることはなくしっかりとした足取りで空の上を駆けていった。

 次に飛び立ったのは意外なことにも内気な四女。泣きそうな顔を必死に食いしばって空へと舞う。上手く風に乗れたときの四女の誇らし気な、嬉しそうな顔はこの先ずっと忘れないだろう。


 その後もどんどんと兄妹たちは飛び立っていった。星がよく見える場所に行きたいと言っていた次男の兄さんは無事にその場所を見つけられるだろうか。お日様が大好きな次女の姉さんは陰りのない、今いるような暖かな場所に着地できただろうか。末の弟はちゃんと真っ直ぐ飛べているだろうか――。


 ずっと泣いていた泣き虫の七女は長女と途中まで一緒に飛ぶことになってようやく決心がついたようだ。二人で手を繋いで飛び立っていく。面倒見の良い長女の姉さんのことだ。七女の妹を無事に安全な場所に送り届けてから自分のの場所をゆっくりと探すのだろう。


 さて、そろそろ僕も行こうかな。肩をくるくると回して深呼吸する。よく嗅ぎなれた、草の香りが胸いっぱいに広がる。その香りを体全体にゆっくりゆっくり沁みこませて、目を開けた。まだ残っている兄妹たちに頷きかけると、思い切って足を蹴った。ふわりと体が浮かび上がる。思っていたよりも風に流されやすく、軌道が安定しない。最初から真っ直ぐ飛んで行った三男はすごいなあと感心しつつ体制を整える。なんとか体制が整うと、周りを見る余裕が出来た。見慣れているはずの公園の、見たことのない景色。自分が兄妹たちと過ごした大切な場所が小さく遠ざかっていく。陽の光を受けて、きらきらと輝く葉はとてもきれいだった。


 みんなありがとう。元気でな。そう心の中で呟くと、しっかりと前を向いた。

 僕には行きたい場所がある。よく公園に遊びに来る鳩のおじいさんが教えてくれた、静かに水が流れている川というもの。その近くに、行ってみたい。川の流れる音は、優雅で、時にちょっぴり激しくて聞いていて飽きないらしい。しかも周りにはたくさんの植物や虫たちもいて、賑やかな場所でもあると聞いた。僕はそこを目指そうと初めから決めていたんだ。


 鳩のおじいさんに教えてもらった通りの方角を目指す。

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 見たことのない、そしてもう見ることのない景色をしっかりと目に焼き付ける。将来自分の子供たちにいろいろなことを教えてあげられるように、しっかりと。

 やがて視界が開け、水の流れる音が聞こえてきた。もうすぐだ。胸がどきどきする。気持ちが逸る。


 そして僕の目に飛び込んできたのは、きらきらと輝く大量の水。これが川。思わず近寄っていきたくなるが、ここで鳩のおじいさんの言葉を思い出す。

 水の中に入ってしまったら、もう戻ってこられないから気をつけなさい。

 そうだった。近寄りたい気持ちをぐっと抑えて着地するのによさそうな場所を探す。あ、あそこなんかいいかもしれない。ちょっと川からは遠いけれど、小さな丘のようになっていて、川が見渡せる場所。よし、あそこにしよう。そう決めて慎重に川の上を渡る。


 無事川の上を渡り切ったときには安堵でその場にへたり込みそうになった。でもあと少し、力を振り絞って飛んでいく。

 僕が見つけた場所は思った通り、川が見渡せる日当たりのいい素敵な場所だった。

 こんにちは、ここに着地してもいいですか? 

 空の上から問いかけると、周りにいる植物たちは快く了承してくれた。ご近所さんたちもいい人そうだ。


 ゆっくりと、慎重に地面に舞い降りる。周りの植物たちも応援してくれた。そして無事、地面に降り立つことが出来た。周りから歓声が上がる。僕は少し照れつつもお礼を言うと、空を見上げた。

 今日からこの場所で僕は生きていく。みんなはどうだ? 無事にいい場所にたどり着いたかい? ふわりと風が吹く。その風に乗って兄妹たちの嬉しそうな笑顔とともに元気な返事が聞こえたような気がした。

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