異世界の転生 7


 一行はその後も現れる敵を倒しながら探索を続けていった。その中で一つわかったことがある。

 このパーティー、かなり強い。


 土魔術は大地への干渉の他に人体の強化魔術などを得意としているらしく、アネシィによってバフのかかった前衛二人に、聖者ともいわれる超強力な魔術師が後衛に控える布陣。ちゃんとした連携をとっていると、向かうところ敵なしなレベルだ。


 サルヴァーティー…周囲の人間が自然と呼ぶようになったらしいこの名前、大仰だと彼女は言っていたが、決して見劣りしない力を持っていることを自覚する。


 一行はやがて開けた空間にたどり着いた。先ほどまでとほんの少し違う、どこかピリついた殺気が漂う感覚。全員自然と臨戦態勢をとる。



 すると、暗がりから大きめのローブを羽織った屍体が現れた。

 体長は3メートル弱くらいだろうか。唯一見える肉体部分である顔は、白目をむいた目に崩れかかった頬、かなりグロテスクである。

 頭のてっぺんからつま先まで、顔以外すべてを覆い隠すローブは死体の姿をより大きく際立たせる。

 ローブの下の肉体も、ぼろぼろに崩れ落ちそうになっているのだろうか。見えない分逆に助かった。


「あの魔物、おそらくボスの類ね」


 メイスソードを構えたアネシィが語る。


 屍体が右手に持つ大剣を掲げると、オオカミやコウモリが四方からぞろぞろと姿を見せた。魔物をよく見ると体が不自然につながれていたり、ところどころ腐っている…。あの屍体、いわゆるネクロマンサーといったところか。


「グルルルァッ…」


 ズヴァチィ! という炸裂音があたり一帯に轟いた。今にも襲い掛かろうとする魔物たちに白の雷撃が突き刺さり、それだけで約半数の魔物を倒してしまった。


「…一度だけ尋ねます。あなたに知性はありますか?」


 凛とした態度でフィールが尋ねるが、ローブの屍体は体を揺らしながら呻くのみ。


「もはやただの力の残滓、ですか…討ちましょう」



 獰猛な雄たけびをあげながら、残りの魔物と屍体が一斉に襲い掛かってきた。屍体とは一番近い距離にいた俺が相対することとなる。

 屍体の振り下ろす大剣を避けるため後ろに下がろうとすると、ささやき声が聞こえた。



『二ノ刻、大槍の一閃がその身を貫く』


!?)


 思いがけないささやきの警告により、剣を構えなおし右方向に避ける。すると、大剣は宙で止まり、右斜め前から槍の刺突が襲い掛かった。

 間一髪で躱し、槍の柄が伸びている視界不良の空間に剣を叩きつける。何かを切り落とす手ごたえを感じると、そこには屍体の左腕が転がっていた。


――奴め、全身を覆うローブの下にこんなものを隠し持っていたのか。

 屍体は急いで後ずさると靄に隠れるように見えなくなる。いつの間にかこの空間一帯は靄がかかっていた。

 光が反射してマジックランタンもあまり役立ちそうにない。


「っと」


 俺の背中がアネシィの背中がぶつかる。この靄の中だ、下手に動いて仲間に誤射される可能性もある。一か所で戦った方が都合がいいだろう。


『七ノ刻、大槍の一閃がその身を貫く』


 ささやき声が聞こえた。


 今度は七…つまり背後。

 ということは、


「…! アネシィ!!」


 声の意味を理解した瞬間、俺は弾かれたようにアネシィの腰を抱え真横に跳んだ。

 直後、先ほどまで俺たちがいた場所を風を裂くように槍が一閃した。

 虚を突かれたアネシィは目を白黒させている。


「は、はぇ…?」


「フィール! 大丈夫か!?」


 この視界だ、屍体だけでなく普通の魔物も脅威の暗殺者に変貌する。

 フィールが心配になり大声で呼びかけると、相槌を打つかのように遠くからバヂバヂとおぞましい雷電の音が聞こえた。


「殲滅します! 伏せていてください!」


「サンダーブライト!」



 宣言から少し間を置くと、身の毛がよだつような雷撃が頭上を迸る。

 洞窟内に反響し、四方から工事現場の雑音を聞かされているようだ。ときどきドサッと何かが落ちる音も聞こえる。

 しばらくするとようやく音が鳴りやんだ。


「フィール! こっちだ!」


 フィールに声で居場所を告げ、何とか合流する。


 しかし、さっきはささやきのおかげで何とかなったが、この靄の中無音で襲い掛かられるのはかなり危険だ。特に俺に当たらないようアネシィ達に攻撃されるとまずい。

 なにか、なにか対策はないか…。


「! 2人とも壁際で戦うぞ!」


 そのとき、天啓がひらめいた。

 そうだ、自分に訪れる危難がささやかれるなら、、盾になってしまえばいい。

 まだ靄のかかっていない天井を頼りに、何とか壁際まで移動し背を向ける。二人は俺の背中に隠れ、これで俺はどんな攻撃にも巻き込まれるようになった。

 そして、あの力が神の気まぐれでないのなら、そのときには確実に聞こえる。


「十、お願い」


 アネシィがガントレットを外し土魔術をかける。大地の加護が全身にみなぎる。フィールは俺の背中に隠れる位置で神経を研ぎ澄ませ、一撃必殺の機会を伺っていた。

 言葉少なな対応が、自分たちの強固な信頼関係を物語っている気がした。




『十ノ刻、大槍の一閃がその身を貫く』


(来た!)


 俺は11時の方角、大槍の軌道を逸らすのに全力で意識を集中させる。ローブの屍体が現れ、直線的に迫る槍に合わせ藍鉄の剣を横から思い切り叩きつける―――


 寸前、ささやき声が聞こえた。


『三ノ刻、大剣が薙がれその身は天地に別たれる』


「なに!?」


 思わずその方角に振り向いた。


(奴の左腕はさっき切り落としたはず…! 視覚だけでなく剣が当たる感触もあった!)


 …いや、そもそもが違ったのだ。俺は、ローブの下の中身を知らない。

 


 槍を藍鉄の剣ではじいた瞬間、三時の方角から大剣が姿を現す。両手は塞がり止めるすべもなく、迫り来る凶刃を眺めることしか―――



 重く金属的な衝撃音が響く。いつの間にか飛び出していたアネシィがその刃を受け止めていた。


「フィー!」


 俺の左脇を潜り抜けるようフィールが飛び出す。それと同時にアネシィは、大剣を受け止めたまま渾身の蹴りを食らわせる。土魔術により大地の加護を得たアネシィのキックは、車が軽い衝突事故を起こしたような音を立てた。

 アネシィの二倍の身長はあろうかという屍体も、その蹴りは耐えきれず思わず後ずさる。


 そこを、フィールの杖が捉えた。


「ライトニングレイ!」


 一瞬時が止まったかのような感覚を味わうほどの、強烈なレーザー状の電撃が放出した。屍体はその直撃を受け、跡形もなく霧散する。

 靄が晴れていく。周囲には、白雷の放電で倒れた魔物の死体が散乱していた。


 こちらに振り返ったアネシィは、ちょっとあきれたような笑顔で言った。


「お願いとは言ったけど、全部を受け持つ必要なんてないのよ?」


「そうです。…だって、私たちはチームなんですから」

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