第24話:ヘビィ「ちょっと!待ってよ!」

 俺は今、食卓を四人で囲んでいる。もちろん、俺は四人家族だ。いつも家では父さんが残業など遅くならない限りは四人でご飯を食べている。こんなことなど全く珍しくも何ともない。しかしだ。今この状況は、俺を以ってしてもおかしいと言えるだろう。俺がステータスなどという意味のわからんものが見える人間であろうとだ。

 なぜだ?

 なぜ俺は、東雲家で晩ご飯にお呼ばれしているんだ?しかも、あの東雲さんの隣で......


 どうしてこうなった!?


 話は30分ほど前に遡る。


 ◆


 俺は東雲と書かれた表札のある家のインターホンを鳴らした。家から聞こえてくるのは玄関に向かってくる足音と若い女性の声。


 開かれた引き戸から現れたその少女は、昨日俺の頬を打った東雲さんだった。

 当然、俺は固まる。東雲さんも固まる。お互い、視線が定まらない中、気まずい沈黙がその玄関先を漂った。


 感覚的には1時間くらい経ったような気がした。だけど実際は30秒ほど。その沈黙を破ったのは、後ろの廊下から現れたおじいさんだった。


「桜ちゃん、どうしたんだい?お客さんかい?」


「え!?おじいちゃん!?いや、その......」


「ん?ああ、桜ちゃんは戻ってなさい」


 おじいさん、天次さんは俺を見るなり、東雲さんに玄関から戻るように促した。それに東雲さんもこくりと頷き奥の方へと戻っていった。


 助かった。天次さんに感謝の眼差しを送る俺。


「君は柚月くんだったね。先ほどぶりだ。何か御用かな?」


「あ、すみません。祖父から預かりものしてまして......それを届けに来た次第です」


 俺は鞄から、旅費の入った封筒を取り出し、天次さんに手渡した。


「ああ、わざわざすまないね。ありがとう」


「あ、あの。じゃあ、俺はこれで......」


「......」


「あの何か?」


 天次さんが何か考えるようにこちらを無言で見つめてきたので気になって聞き返してしまった。


「ああ、すまない。柚月くん、晩ご飯はもう食べたのかな?」


「え?いえ、まだですけど......?」


「よかったら、ウチで食べていかないかい?丁度晩ご飯ができたところなんだ」


「は?え?」


 思考が停止する。

 晩ご飯?俺が?東雲さんの家で?無理無理ムリィ!!そんなの絶対無理。だって昨日俺、打たれたんだよ?しかも東雲さん極度の男嫌いだと言うではないか。そんなの絶対無理だ。


 というより、何でだ?この人も東雲さんの身内なら男嫌いということくらい知ってそうだけど。ま、まさかではあるが、本当に知らない?家では猫被ってるの?やばい。どうしよう。どうやって断ろう。


 俺は必死に断る理由を考えた。冷静な俺であれば、「悪いですし」と一言言えたはずだ。だけど、東雲さんのとの一件を思い出している俺はパニック。

 そこで、しかも間の悪いことになんとも間抜けな音が鳴り響く。


 ぐう〜


「やっぱりお腹空いてるんだね。ほら、どうぞ。おいで」


 天次さんは俺を中に誘う。

 こ、これは強制イベント!!行くしかないらしい。というかあの優しげなおじいさんのお誘いを断るなんて胸が痛くなりそうなのでできそうにない。それに有無を言わせない優しげな微笑み。やはり断るなんて無理だった。


「お、おじゃまします......」


 もうどうにでもなれ。

 半ばヤケクソで俺は東雲家の敷居を跨いだ。


 俺が、中に入り食卓のあるダイニングに通されると、東雲さんはこれでもかというくらい目を見開いていた。


「ばあさん。すまない。もう一人分お願いできるかな?客人だ」


 そのお願いに対しておばあさんも東雲さんと同じくこれでもかというくらい目を見開いていた。


「あ、あんた何......考えて!?」


 あー、その感じ。これは東雲さんが男嫌いであるということと関係しているな?やっぱりおじいさんもおばあさんも知っていたか。俺は全く持って歓迎されていない客人であるらしい。


「まあまあ、ちょっと......」


 天次さんはそう言うとおばあさんを奥の方へと連れていった。何か話をしているようだが、声が小さくて聞こえない。


 その間に茶碗を持って固まる東雲さんとの間に流れる地獄のような空気。俺はその場に立ち竦んている。

 もう帰っても良いですか?


 そして漸くというべきか、天次さんとおばあさんが戻ってきた。おばあさんの顔は先ほどの天次さんを射殺すような視線から打って変わって優しげなものへと変わっている。俺には相変わらず、射殺すような視線が東雲さんから刺さっているけど。


「ごめんなさいねえ。よかったら、そこ座って頂戴。すぐご飯準備しますからね」


「お、お構いなく......」


 もう断れない。俺は社交辞令を諦念と共に吐き出し、東雲さんの隣の席へ腰を下ろした。俺は今笑えているだろうか。作り笑いをし過ぎて、顔がすごくだるい。

 そして、おばあさんが作ったであろう、晩ご飯が振る舞われることとなった。


 本日の東雲家のメニューは、ぶりの照り焼きや浅漬け、味噌汁といった和食中心のメニューだった。


 この浅漬けうまいな。漬け方を教えてもらおうか。いつもの俺なら声に出して聞いていただろう。

 しかし、気まずいっ!!この空気何?これが食卓で醸し出されるべき空気なの!?なんで天次さん、俺を入れちゃったかな......夕食をご馳走になっておいてこんなこと思うのは失礼だけども。あ、ぶりの照り焼きおいしい。


「どうだい?おいしいかい?」


 この空気に耐えられなくなったのか、おばあさんが俺に聞いてくる。その質問に対する答えはもちろん、YES。


「はい、おいしいです......」


「......」


 これ以上、会話を広げられない!!俺がコミュ障というのもあるけど、横からの凄まじい圧が俺を襲っているのだ。早く飯食って帰れっていう視線だ、これは。


「ごちそうさま」


 そして東雲さんは、いち早く食べ終わるとカチャカチャと音を鳴らし、食器をキッチンのシンクへと運んでいった。そしてそのまま、部屋を出ていき、2階へ上がる足音が聞こえた。


 いや、ここまで露骨に避けられると俺でも多少傷ついてしまった。俺の精神力ではまだ耐えられないらしい。帰ったら瞑想しよ。


「柚月くん。すまないな」


 天次さんは頃合いを見計らい、俺に謝ってきた。すまないというのはやはり、東雲さんのことだろう。男嫌いである彼女がいる食卓に同学年の男子を招くというのはこうなることが分かっていたはずだ。それなのに、天次さんが俺を招いた意図が分からなかった。それも半ば強制的に。


「聞けば、桜ちゃんと同じ学校だそうだね。その感じから桜ちゃんの事情は知っているのかな?」


 東雲さんの事情というのは、男嫌いであるということだろう。


「はい......詳しくは知りませんが、男性が苦手ということは......」


 俺は、表現を少し柔らかくすることに気を遣いながらも応えた。


「そうか。やはり学校でもそんな様子なんだね」


 実際学校での様子を見たわけでもないので知ってはいない。だから俺が応えられるのは噂程度の話だ。それも男嫌いというだけ。だけど、この前のビンタされた時の鬼気迫る様子から単純に男が嫌いというだけというのもなんだか少しの違和感を感じた。


「あの子はね、中学の時にとある事件に巻き込まれていてね。詳しい内容は私からは伏せるけど、それが原因で男性恐怖症になってしまったんだ。今でこそ、話せるくらいはできるようになったけど直接触れたり、二人きりで長時間一緒にいることができないんだ」


 そして天次さんから話を続きを聞いた。それは彼女のことを男嫌いで済ませるだけでは到底できない内容だった。


「それにあの子はね。両親がいないんだ」


 そう言えば、この家にはこの3人以外に人がいる形跡がない。その辺も彼女の事情に関係しているのだろうか。


 そして天次さんからご両親に関する話も聞くことができた。母親は中学の事件が起こる前に病気で死別。父親の方は、その母親が入院している時に不倫が発覚して病気の母と娘をおいて消えたらしい。



 一言言って良いだろうか。


 重いぃぃぃぃ。重すぎますよ。ホント。ちょっと気軽に夕飯ご馳走になったらどんなヘビィな過去を聞かされてるんだこれ。いや、気軽だったわけではないけど。

 男嫌いである理由は俺の想像の斜め上、3倍ほど重い内容だった。


 こんな内容を聞かされてしまえば、勘違いで打たれたことも言うに言えないではないか。別に怒っているわけではないんですけどね。ちょっと一言申したかったと言うか。無理です。言えません。



 俺は打たれた時の様子を思い出した。お大事な親友が傷つけられていても立ってもいられなかったのだろう。そんな親友のために男に触れられないという自身の問題を押し除けてまでもその当事者に一発入れることは非常に勇気がいたことだろう。

 いや、俺は当事者じゃないけど。

 打たれた本人ながらそんな彼女の精神状態が気になってしまった。


「だからね。柚月くん。桜ちゃんと仲良くしてあげて欲しいんだ」


「はい?」


 今の流れでどうしてそうなるの?この人が何考えてるのか分からないぞ?

 決して仲良くしたくないわけではない。彼女は明らかに男性と関わりを持つことを良しとしていない。

 そして天次さんが全くと言って良いほど関わりのない俺にここまで事情を話してくれたのにも疑問が湧く。


「彼女の男が嫌いということはこれから人生を生きていく上であまりにも障害が多い。だから、無理にとは言わない。少しでも彼女のトラウマを和らげられたらなと思うんだ。」


 確かにこれからの人生、このままでは彼女も非常に生きづらいと思う。17年も生きていない俺が何知った気でいるんだってなりますけども。一度も異性と関わらないということはないはずだ。


「君を一目見た時から確信したよ。君は優しい目をしている。源ちゃんから聞いていた通りの心優しい少年だと。今もこうやって静かに話を聞いてくれているのが何よりの証拠だ。だからね、頼む」


 いや、こんな話されてしまえば、誰でも静かに話聞いちゃうよ。それにどこからそんな信頼がくるの?謎だ......それに今日会ったばかりの俺に何を期待しているのだろうか。俺、プレッシャーに弱いよ?今もすごくお腹痛い......


 しかしながらそれは無理な話ですぜ。天次さんよ。俺、昨日打たれちゃいましたし、二度と近づくな宣言されたところですもの。即日やぶちゃってはいるわけだけど。

 心の中では真っ先にそう思った。

 そんな俺の様子を見て天次さんはまだ続ける。


「それにね。それに君の射る矢は美しかった。それが一番の理由かな」


 どんな理由だそれ......

 心の中でツッコミを入れつつもそんな頼み事をする天次さんは少しずるいなと思った。こんな話聞かされて断れるわけない。


「まあ、お役に立てるかは分かりませんが、できるだけのことはしてみます......」


 こう答えるのが限度だった。



 夜の暗くなった帰り道で、俺の脳内では先ほどで聞かされた内容が反芻していた。

 仲良くたってもなあ。どうすんだこれ。安請負してしまった気がする。こんなこと引き受けて本当に大丈夫なのかね。

 そんなことを考えながら歩いていると、誰かが近寄ってくる気配がした。


「ちょ、ちょっと!待ってよ!」


 こ、この声は......

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