ドナーの話

リュウタ

第1話

 愛する人の命とどうでもいい命、どちらを救いますか?


 きっと、多くの人がこの質問を投げかけられたら前者を取るだろう。

 地震や火事などの災害にあって、どちらか一人を助けられる状況になった時、迷わず愛する人に手を差し伸べ助けるだろう。

 でも、

『後者の人を自分の手で自ら殺す』

 という条件をつけるとどうだろうか?

 きっとその選択を悩んでしまうだろう。それは人の命を絶ってはいけないという固定概念があるから。


 本当にそうだろうか。

 僕の場合、愛する人は命をかけて守りたいし、助けたい。

 そのために人の命を奪うのに躊躇いはない。いや、躊躇はするだろうけど最終的には命を奪う。

 そんな強い意志が僕にはある。



 都立病院の一角、小さな病室で僕の愛する人は眠っている。

 ピーピーと、名称の分からない機械が目の前で寝ている彼女の腕に繋がっている。きっと彼女の命を延命させているのだろう。医療の知識がない僕にはその程度のことしか分からない。

 部屋に常設されている椅子に腰掛け、もう一度様子を見る。

 鼻には呼吸を助けるためにつけてある管が付いていたり、自力でトイレに行けない彼女のためにベット脇に管と繋がっている袋状のトイレがある。


 彼女の服装はファッション雑誌に載っているような流行の服とか、動きやすくて家でよく着るような部屋着とかではなかった。

 上下淡い青色をした質素な服、例えるなら病人服。というか病人服を着ている。



 彼女が病院で寝たきり生活を送っているきっかけは三年前、二人でショッピングモールへ買い物に来ている最中に突然倒れた時だ。 

 彼女は先天的な持病を患っており、お医者様がいうにはそれが原因で今回倒れてしまったという。

 容態はかなり深刻で、臓器を移植しなければいずれ死ぬという状況だった。


 彼女は倒れてから三年間一度も目を覚ますことはなく、起き上がってこない。遊ぶこともできないし、一緒に学校に行くこともできない。

 顔は見られるけどいつも目を閉じたままだし、今日、学校であった面白い出来事を話しても返事をくれない、頷きもしてくれない。

 話題を振っても黙ったまま。

 喧嘩したときでさえ謝ったら笑顔で許してくれたのに、今じゃ笑顔も見せてくれないし声さえ聞かせてくれない。

 そっぽを向くわけじゃないんだ。顔はずっと上を向いてる。

 決して仲が悪くなったとか、絶縁したとかではない。むしろ仲は良かったし、周りからはおしどり夫婦なんて呼ばれたりもした。

 そんな周りの声も悪い気はせず、照れながらもお互い将来そうなれたらいいね、なんて話したりもしていた。

 そんな彼女は今、病院で寝たきりの生活を送っている。


 どうしてだろう。どうしてこんなことになったんだろう。ここに来るたび、そんな言葉が僕の頭をぐるぐる回っている。

 あの日一緒に買い物に行かなければ、あの時フードコートであの食べ物を食べなければ、あの道を通らなければ。

 そんな、関係のないことでさえ後悔が入り混じり、自分を責めてしまう。

 考えていると自分の目からはぼろぼろと涙が出てくる。

 彼女の前では泣かないと決めたはずなのに、ここにくる度に泣いている。

 鼻をすすり、涙を止めるために顔を上げる。


 ふと、彼女の手に目がいく。僕は何も考えず、自然と自分の手と彼女の手を重ね合わせた。

 全く肉がついていない手。骨と皮だけで出来ている手だった。

 機械の音と手の温かみがなければ死んでいるのかと勘違いする程、彼女の手はピクリとも動かなかった。


 このまま彼女は死んでしまうのか。そんな想像もしたくもない考えが頭を過ぎる。

 感情では否定していた。けど、理性では分かりきってきた。

 ドナーが見つからず彼女がこのまま寝たきりなら、いずれ死ぬ。


 ドナーが見つかれば。

 彼女のお見舞いに来る度に、そう考えていた。

 彼女と同じ臓器の提供があった件数は今まで約五百件。その中で現在移植可能な臓器はもっと少ない。

 そして、彼女に適合する臓器はない。

 彼女の両親は必死にドナーを探しているが、三年間、適合者は見つかっていなかった。

 いや、本当は見つかっていた。見つかっていたが、その人の臓器を使って彼女を助けることは今の日本では出来ない。


 その人は生きているから。


 最初の話に戻すが僕は彼女を助けたい。彼女のためなら他の人の命なんてどうでもいいし、彼女が元気になるためなら犯罪者にもなろう。

 例えそれで死刑判決を受けて、彼女が元気に生きていられることが出来たらそれで満足だ。

 席を立ち、彼女の病室から出る。

 退室する前に彼女の顔を見るが、彼女の目が開いていることはなかった。



 病院を出ると外は暗く、月がよく見えた。

 早く帰らないと親に怒られるなと思いながらも家路にはつかず、ある場所に行く。

 着いた場所は都内屈指の繁華街で、たびたび交通事故が起きる交差点だった。

 そして、学校帰りによく二人で買い食いをしていた道だった。

 だから知ってる。この時間帯に彼女の父親が仕事帰りに通ること。

 そして、彼女の父親が彼女の適合者であることを。

 横断歩道の信号が赤になるのと同時に、後ろから彼女の父親がやってきた。距離が離れていたからか、僕には気づいていない様子だった。


 深く、深く深呼吸する。

 きっとこの方法は間違っているのだろう。

 それに、実はこの方法で彼女が助かるかは分からない。

 彼女に言ったら叱られること間違いなしだ。今回ばかりは謝っても許してくれないかもしれない。

 でもやろう。彼女に生きて欲しいから。彼女には未来を歩んでほしいから。

 そのために犠牲は必要だ。


 例え、彼女がどれだけ悲しんだとしても。


 ゆっくりと彼女の父親に近づいていく。

 車が行き交ってる交差点。

 青信号が変わるにはまだ早い。ここに人が飛び込めば間違いなく死ぬだろう。

 だから。だから、僕は臓器移植提供カードを握りしめ、


「彼女をよろしくお願いします」


 彼女の父親にそう言って、僕は交差点に突っ込ん

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ドナーの話 リュウタ @Ryuta_0107

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