ライツ

春留'ing

プロローグ

 ざあざあ、音が遠く聞こえる。駅前はごった返していた。今朝から続く激しい雨と、独特のむわっとした空気は、一様に人々の顔を曇らせている。

 誰もが帰宅に足を速める中、暁(あきら)は大通りから脇にそれた小道のアスファルトの上で、棒立ちになっていた。

 足元にはスーツ姿の大柄の男が一匹、転がっている。息はない。

 死体も、暁自身も、とめどなく降る初夏の雨に全身を打たれている。髪をぴったりと肌に張り付けたまま、暁は自嘲気味に笑った。「あー、おっぱい揉みたい」


 ぱしゃっ。

 その音に、暁ははっとした。

「ねえ、おにーさん」凛と澄んだ声だった。

 夜も更けた街中で、そんな風に声をかけてくるのはたいてい何かのキャッチだ。

 一瞬迷ってから、暁は慎重に振り向いていく。

 しかし暁の予想は良くも悪くも裏切られた。

 そこに佇んでいたのは、十歳ほどの――暗がりでも分かる――金髪の、少女だった。

 差した赤い番傘が、端麗な少女にとてもよく映えていた。

「なにしてるの」

 そう問う少女は、本当に不思議そうな顔をしている。ただの興味で声をかけました、というような。

 少女からの角度ではちょうど見えないのかもしれない、と暁は思った。

 けれど、二メートル離れたところから少女はきちんと暁の足元を見据えていた。

 暁も少女の視線に気付く。

「……おにーさんさ、人を殺しちゃったんだ。どうするべきだろうな」

 何を言っているんだろうと自分でも思った。今初めて会ったばかりの小さな女の子に向かって、こんな。

 それに、どうせ朝には発見されて、そのうち警察がうちを訪れる。意味のない質問のはずだった。

「逃げよう」

 少女は真顔だった。ただ、色素の薄い二つの瞳だけがその奥で、確かに光っていた。

 暁は笑った。

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