幼なじみに落とされそう
久遠 よひら
第一章 気づかないふり
001:途切れた思い出、届かない手紙
「最後なんだから、お別れ言いなさい」
母はそう言うと、私の背中を軽く押した。
三月の半ば、小学校を卒業したばかりの頃。雨が降って一層寒い朝。
今日をもって遠くへ引っ越す、同い年の幼馴染みの見送りに、私と母は駅前に来ていた。
「つむぎ、ほら」
母は再びそう促すが、私は黙って俯いたままだった。口を開けばたちまち涙が零れそうで、歯を食いしばって、ひたすらに地面を見つめていた。
観念したように口を開いたのは、私ではなく幼馴染みの方だった。
「つむぎ。…今までありがとうね」
その声と同時に私の頭に手が触れ、彼の胸に抱き寄せられる。その一瞬で、それまでせっかく必死に堪えていた涙が溢れた。
やっと私は顔を上げて、他の誰よりも同じ時間を共有した幼馴染みの顔を見据える。二度と会えないかもしれない、という実感が急に湧いて、泣きじゃくりながら目の前の彼の姿を目に焼き付ける。
嗚咽しながら、思わず口にした。
「行かないで…」
彼は困ったような表情で、私の頭を撫でながら言った。
「…それはできない、けど手紙書くから」
「約束」
「うん。約束。…じゃあね、つむぎ」
じゃあね、と返さなければ、まだここにいてくれるような気がした。そんな訳はないと頭では分かっているのに、私はたった一言をどうしても口にできなかった。
頭から不意に手が離れる。
彼は寂しそうに笑って、後ろ姿を向ける。
「…待って!
呼び止めてももう聞こえないのか、彼はどんどん遠ざかっていく。
元気でね、って言えばよかった。忘れないでね、って――。
…はっと目が覚めた。まだ部屋は暗い。つむぎは右手で目覚まし時計を探り、目の前に持ち上げる。まだ夜中の3時過ぎだ。
(久しぶりだったな、この夢見たの)
幼馴染みの凛と別れた、あの日の夢。どうせ夢ならその先も存在してくれればいいのに、やっぱり記憶の通りに彼は去っていく。
もう三年が経ってしまったのが信じられない。
三年前、幼馴染みの母親が急逝した。
元々ひとり親家庭の子だった凛は身寄りをなくし、遠く離れた地方の親戚の元へ引き取られることになったのだ。
生まれた時からずっと、つむぎの隣には凛がいた。離れ離れになった時の虚無感は並々ならぬもので、心に穴が空いたようだった。夜中に思い出しては泣いてしまうほどに、彼はかけがえのない大きな存在だった。
けれど三年が過ぎた今となっては、凛がいたあの頃がむしろ一夜の夢だったかのように思える。
寂しいのか、それともお別れを言えなかった心残りのせいか、未だにあの後味の悪い夢を見る。
(凛…元気かな)
約束の手紙は、まだ一通も届いていない。
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