閑話僕が先にパーティー組んだのに
言ってはいけない言葉があると彼は思っている。
だが、それでも衝動を抑えきれない場合はあるのだと彼は思い知った。
彼が聞いているのは街の人々の歓声だ。
警報が鳴り、ビッグボアの大群が急接近していると悲鳴や不安そうな声が飛び交っていた。
(僕は……)
彼は本当は見て見ぬふりなどしたくなかったが、今の彼は一人の仲間もいないどころか二年のブランクがある。
二年も活動していなかったC級冒険者が一人で立ち向かっても、時間稼ぎすらできず殺されてしまうだけだろう。
彼は死ぬ覚悟はできていたが、「何の意味もない無駄死に」するのはためらった。
彼が人知れずまごまごしているうちに、事態は解決してしまう。
偶然街に来ていたS級冒険者パーティーがビッグボアの群れを倒してしまったのだ。
S級冒険者は彼にとってあこがれの存在で、かつて一緒にパーティーを組んだ仲間といつかS級になりたいという話をしたものだ。
「【凍神】」
「【凍神】フラン」
街の人々がピンチを助けてくれた冒険者を称え、その名前を連呼する。
多くの人が熱狂してその冒険者のことを褒めちぎっていた。
そのこと自体は彼は当然だと思ったが、同時にある点が引っかかる。
「フラン?」
それはS級冒険者の名前だった。
フランという名前に彼は心当たりがあった。
「まさかね」
フランという名前は実のところそんなに珍しくはなく、知りあいだけでも数人いたはずだった。
それに彼が知っているフランは単独でビッグボアの群れを倒せるほどの実力は持っていない。
同名の別人だと考えるほうが自然のはずだった。
そう言い聞かせても形容しがたい焦燥感が胸を焼き、彼は街を救った冒険者をひと目見ようと思って足を動かした。
目的の相手を探し出すのは彼にとってそこまで難しくなかった。
多くの人に囲まれて称えられていたからだ。
人の間隙をぬってその姿を肉眼で捉えた時、アイルは「ああ」とうめく。
別れたフランが見知らぬ少女とそこに立っていた。
三年の歳月くらいでアイルが彼を見分けられないはずがなかった。
多くの人に褒められ、感謝されて戸惑いと恥ずかしさが入り混じった表情は見覚えがあるもので、なつかしさと寂しさが同時にこみ上げる。
そしてその後に苦い後悔がアイルの心を塗り潰す。
すっかり見違えたフランは彼に気づかずに立ち去ってしまった。
残念に思うことも、呼び止めることもきっと自分には許されない。
アイルはそう思って彼を見送った。
いつか一緒に有名な冒険者になって、みんなのために戦おう。
幼い時に交わした約束をフランは見事に実現した。
「フランとは僕が最初にパーティーを組んだんだけどな」
隣に立つ少女に視線を移しながらアイルはつぶやく。
自分にそんなことを言う資格はないと彼は知っている。
他ならぬ彼自身が壊してしまったのだ。
なつかしい日々は遥か遠くに過ぎてもう戻れない。
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