第6話 大事なことを思い出しました。

その日、野営をして鉱山へ突入するはずだった。

けれど、魔導士五人が勝手に先に鉱山へ向かい、私たちは置いてけぼりをくってしまった。


「何で!?」


ひどくない?!私、王女なんですけれど?!置いて行くのはさすがにひどくない!?


剣を地面に突き立てて腹を立てていると、補佐官のイスキリが笑った。


黒髪をひとつに結んだ柔和な笑顔のこの彼は、「王女のお世話役」と呼ばれる二十七歳。教育係兼保護者みたいなものである。


「あれですよね~、多分、陛下が命令なさったんでしょう。ユウナ様にけがさせないために、できるなら魔導士団でがんばれって」


笑っている場合か。


「はぁ!?お父様でもそんなの許せないわ!」


ディークバルドがケガしたらどうしてくれるんだ。


魔女の罠、舐めてんの?五百年も踏破されなかった鉱山のすごさ、舐めてるの!?


「まったく、イケメンの命を何だと……!」


私は急いで部隊を率いて、鉱山へと向かった。その途中、馬で並走したイスキリがディークバルドについて話す。


「ディークの任務遂行能力は高いですよ。ケガなんてしないと思います」


「彼の部下は?」


「……よくて全治一か月?」


ダメでしょうそれ。仲間の命を大事にしないと、いずれしっぺ返しが来るのよ?部下に恋人を寝取られたりとか、従順な使用人のふりして彼氏に近づいて寝取られたりとか。


経験者として、仲間や部下は大事にって教えてあげたい。


「だいたいあの人、随分と皮肉屋で性格がねじ曲がっているような目をしていたけれど」


七歳で宮廷魔導士になったエリートなんだから、人生順風満帆ではないのだろうか。

しかしイスキリが語ったディークバルドの過去は、とてもつらいものだった。


「彼は宮廷魔導士になる前から、無尽蔵にある魔力で周囲を傷つけて怖がられていました。親ですら、彼を売るように宮廷魔導士に推薦したんです。そして大金を手にした親は、ディークバルドがいよいよ城へ向かうという前日に強盗に襲われて一家皆殺しに……」


それは、支度金を狙った強盗ってことか。

残酷な話に、思わず眉根を寄せる。


「ディークバルドは、たまたま書類を提出しに行っていて不在だったのです。彼を家まで送った騎士が、凄惨な現場を見て吐き気に襲われたと話していました」


「それほど残酷なものを見てしまったのね」


「しかも息絶える寸前の兄は、ディークバルドに向かっておまえのせいだと恨み言を」


「何それ!かわいそうすぎるじゃない!!」


家族はいても孤独だったのか。誰も自分を愛してくれないつらさは、さぞ身に染みたことだろう。そりゃ性格歪むわ。


「そういうわけで、ディークバルドは才能はあれど人格が伴わない感じで今に至っています。戦い方もまるで自殺行為のようで……でも」


「死ねない、のね。強すぎて」


今まで彼はどんな想いで、魔物討伐に駆り出されてきたんだろう。死に場所を求め、でも死ねなくて。

少し青白い、神秘的な美しい顔が思い出される。


おいしいものを食べさて、慰めてあげたいわ。一生、養ってあげたい。


あぁ、いけない。これは私の悪い癖。

美形が好きで、両想いでも何でもないのに甘やかしてしまう。


性格のゆがみや趣味の悪さは、5回死んだくらいじゃ治らないのよ。これは魔導士学会に発表したい案件だわ。私以外に転生について理解できる人がいなさそうなのが残念。


「薄幸の美青年って、何だか物語の中の人みたいね」


「言われてみればそうかもしれませんね」


私の言葉に、イスキリが苦笑する。もしこれが物語なら、とんだ不幸キャラである。哀れディークバルド。


しかしそう思った瞬間、私の頭がズキリと痛んだ。


「ん?」


私ったら何か大事なことを忘れているような。

集中して記憶をたどると、突然にディークバルドの声が脳に響いた。


『サリアのために、この命を使いたい』


『あぁっ……!ディーク様……!』


聞いたことのある女性の声も。


「これ、なんだっけ」


血塗れで倒れているディークバルドのそばに、ドレス姿の女性が膝をついてその手を握っている。


「う……!」


またもや頭痛がした。


馬を走らせながら、右のこみかみを押さえた私を見てイスキリが尋ねる。


「どうしました?」


「な、なんでもない。大丈夫……」


私はここでようやく思い出したのだ。

ディークバルドは、前世でプレイしていた乙女ゲームのキャラクター。


「ヤンデレ宮廷魔導士!」


そうだ。


あの整った顔。こちらを嘲笑うように口角を上げる表情。


作り物のように完璧なスタイル。サラッサラの青い髪。


間違いない、ディークバルドは私がプレイしていた乙女ゲーのキャラだ!


あれ?

あのゲームのヒロインって、サリアって確かお姫様だよね。




ん?




ん???




サリアは、うちの妹じゃないのよぉぉぉぉぉぉ!!!!!



「なんていうことなの……!?」


「ユウナ様!?」


「急ぐわよ!!」



馬の腹を蹴り、おもいっきり走らせる。


「やばいやばいやばい」


攻略対象が何人かいたような気がするけれど、多分ディークバルドもそう!妹の結婚相手候補じゃないのよー!


ってことは、私の未来の義弟!?


かわいい妹と美しい義弟、そして生まれてくる姪・甥も必然的にかわいい。

なんていうことなの!

そんな未来ってすばらしいわ!!


あぁ、でもここでディークバルドが死んでしまえば未来が変わってしまう!!


鬱ゲーモードがけっこう濃かった気がするもの、彼が妹に会う前に死んでしまうことだってあり得るわ!


「絶対に死なせないわ……!!」


鉱山のラスボスは、アンデッドドラゴンなのよ!

眉間にある魔石を破壊しない限り、焼こうが斬ろうが復活してしまう強敵。骨は魔法道具の素材に使えて、しかもそれは魔法道具オタクの妹の一番欲しがっているものよ!


きっとドラゴンを倒して、ディークバルドと妹はお近づきになるんだ!


いやぁぁぁ!でもその前にミスッて死んだら元も子もない!


待っていて、ディークバルド!私が絶対に助けてみせるわ!


こうして私は全力で彼の元へ急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る