第6話 雨の降らない遊園地
「その格好で行くつもりなのか? カンカン帽はどうした?」
これから二人で遊園地に出掛けるのだが……。カリンは部屋着のまま出掛けようとしたのだ。さすがの俺も、これには驚きを隠せなかった。
「いいよ。ジャージにキャップで。動きやすいし」
確かに……そう言われると、そうだけど……。
思えばここ最近、カリンが私服に着替えてる姿は殆ど見てない。いや、一切見てない。ジャージだった。図書館に行くのもジャージだった。
いつだって、ジャージ……だった。
服装にはこだわりを持っているお洒落な子だったのに……。
学校に行かないと決めたから、無頓着になってしまったのかな……。
でも。カリンがそれを望むなら……お兄ちゃんは……いいよ。な、なにも言うまい。遊園地に一緒に行けるだけで……いい。
「あー、もう。わかった。着替えるよ。カンカン帽も被るよ。だからそんな顔しないでよ。ほんとお兄ちゃんってわたしのこと大好きだよね」
「残暑で日差しが強いから……な」
「はいはい。そういうことにしといてあげる。じゃあちょっと待ってて。可愛くおめかししてくるから」
「……お、おう」
なんだろ。一瞬、ドキッとしてしまった。シチュエーションってやつだろうか。
九歳にしては妙に精神年齢高くなったよなあ。
僅か一カ月でこれだ。神話系の書物ってすごいんだな。
◇
「はい。これでいい? こういうのが好きなんでしょ? まったく。お兄ちゃんは仕方ないんだから」
白の膝丈ワンピースにカンカン帽。
なんだか心が擽ったくなるな。
でも、久々に見るカリンの私服姿は、昔に戻ったようで懐かしい気持ちになった。
◇◇◇
外見は昔に戻っても、中身は変わらず厨二病なカリン全開だった。
「し、身長制限だと? おのれ、わたしを愚弄するか!」
「わぁーわぁー、はいはいカリン! 別の乗り物乗ろうねぇ!」
すみませんすみませんごめんなさいと。受付、順番待ちの人たちに謝り、その場を速やかに立ち去った。
「つまんない。全然乗り物乗れないし」
さっきから絶叫系ばかり乗りたがる。
しかし尽く身長制限。
どうせ乗れないのをわかっててやってるんだろうな。じゃないと十八歳設定のつじつまが合わないから。
まったく。この子は。とは思いつつも、精一杯に厨二病を演じている等身大のカリンのことが、可愛くて仕方なかったりもする。
「まあまあ、そう言わずにさ。コーヒーカップ乗ろうぜ! カリンこれ大好きだったろ? 昔の記憶を思い出してみなよ!」
ちゃんとカリンの落とし所も忘れずにっと。
中二病設定との付き合い方、熟知しつつある今日この頃。
「……コーヒーカップ。……あれか。うん。乗ってみる」
順番が来ると、お目当のコーヒーカップを決めていたようで、パンダをモチーフに作られたコーヒーカップまで一直線に走り出した。
「お兄ちゃんこっちこっち!」
「お、おう!」
こういうところはやっぱり九歳だよなぁ。まったくもう!
「ふむ。パンダさん。悪くはないな。このくるくる回る感じ。夢見心地のいい気分だ」
楽しそうで何より。
遊園地、来て正解だったな!
◇
「ほう。ペガサスか」
「おっ、次はメリーゴーランドに乗りたいのか?」
「別に。ヴァルハラでペガサスを見掛けた時を懐かしんでただけだし」
そう言えば以前も言ってたな。
ヴァルハラ……。そんなところにペガサスが居るのか。……ちょっとそれは、違うような……。ま。いいか。
「その時は乗れたのか?」
カリンはため息混じりに首を横に振った。
「天界とは敵対関係にあったから。そもそもわたしはイザベラを憎んでやまない。とは言え、あの日あの時あの瞬間。わたしを召喚して祝福した時点で、やつの命運も尽きていたと思うと、哀れで滑稽だけどな」
うん。とりあえず、メリーゴーランドの白馬に乗りたいってことだよね!
「じゃあ乗ろうぜ! ほら、カリンこっちこっち」
「な、なぜそうなる? ま、まあ……お兄ちゃんがそこまで言うなら仕方ない」
ちょっとツンデレ入っちゃってるよなぁ。
そんなカリンも、お兄ちゃんは受け入れるけどな!
「おお! ペガサス号! 悪くない乗り心地だぁ! ほら、異世界を救った英雄だぞ。もっと楽しませろ!」
お姫様も入っちゃってるなぁ。
カリンのわがままならなんでも聞いちゃうけど!
◇
「ほーらカリン。ソフトクリームだぞ!」
「お兄ちゃんはすぐそうやって子供扱いするんだから」
「食べないならお兄ちゃんが食べちゃうぞ〜」
「……っっ。食べないなんて。そ、そんな事は一言もいってない!」
パクッ。
「美味しい。今日は、雨降らないよね」
「あぁ、降らないぞ! 一日中晴天。残暑の厳しい日になるでしょうって天気予報で言ってた」
「そっか。なら良かった。……次、あれ乗りたい」
そう言うと、カリンは俺の手を引いた。
久しぶりにカリンと手を繋いだ気がする。
一歩、また一歩。ゆっくりだけど、あの頃に戻れているような、そんな気がした。
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