第23話 おパンツが心を開くとき
泣いてしまった。こともあろうか妹の前で。
この家には僕と海乃しか居ない。だからずっと強くあろうと、頼りになる兄であろうと……そう思っていたのに。
泣いちゃった。
弱いところを見せてしまった。
情けない。お兄ちゃん失格だな。
そんなことを考えながらベッドに寝転がり、ただただ天井を眺める。
……明日が、来なければいいのに。
考えれば考えるほど辛くなる。考えたくないのに考えてしまう。
……ずっと、今日のままならいいのに。
思考はひたすら真っ暗闇に進んでいく。出口なんてない。続くのは無限の暗闇。
そんな常闇を一掃するかのように、僕の部屋をノックする音が聞こえた。
──トントン。
「お兄ぃ〜! 開けるよ〜?」
ハッ! う、海乃⁈
急いでベッドから起き上がり勉強机の椅子に腰掛ける。一呼吸置いて返事をする。
「ど、どうぞ!」
大丈夫。元気な姿を見せるんだ……!
ガチャン。
「やぁ! ドウシタンダイ?」
「うん。耳かきしようかなぁーと思って」
……うん。聞き間違えかな。
今、耳かきって聞こえたような。そんなまさかな。ないない。
そう思ったのだけど、海乃の右手に見えるのは梵天付きの耳かき棒。ふわふわが付いたやつ。
「み、み、み、み、み⁈ 耳かき⁈ す、するのか⁈ 僕に⁈」
「なにそれ。感じ悪っ。お兄感じ悪すぎだよ。そんなに驚くことないのに……」
「ちょ、あっ、違うんだ。これは違くて……ぜ、ぜひにお願いします!」
「そっ。じゃあしてあげる」
ありえない。あの海乃が僕に耳かきをするなんて。絶対にありえないことだ。
でも、目の前の海乃は耳かきをすると言っている。
……やっぱりそういうことなのだろうか。
僕が突然泣き出したから、心配して気を使ってくれてるのだろうか。
「ほらお兄。ここにころーんってして」
海乃は床に座ると太ももに手を置いた。
“ここ”とは太もも。つまりは膝枕……!
耳かきなのだから……当然のこと。
わかっちゃいるけど……部屋着の短パン姿。
倫理的に脳内にNGが湧き上がる。
「……嫌?」
「そ、そんなこと微塵もない!」
「じゃあ、おいで」
太ももをポンポンとした。
は、恥ずかしがってどうする。僕はお兄ちゃんだろ……!
こういう時は……気にする素ぶりなく振る舞うのが、兄としての務め……!
妹の優しさを素直に受け止め、喜ぶ器量を見せずしてなんとする!
「あっ、じゃあ……お邪魔します」
「なにそれ。お兄ぃ変なのー」
あ。ダメだ。ドキドキし過ぎて喋るとボロが出る。
◇◇
つい先日、体調を崩したと誤解されたことを思い出した。
あの時も海乃は優しくしてくれた。
ずっと、嫌われているものだとばかり思っていた。
でもそれは、少しだけ違ったのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
──ピコンッ。
『今日、池照くんとランチ行くんでしょ〜。場所と時間決まったらきっちり報告すること』
それは、玄関で靴を履いている時だった。
まさにこれから、部活へ出かけようとしている時に送られてきた。
差出人はまどか先輩。
よからぬ企みが垣間見える内容だった。
でもそうか。すっかり忘れていた。そういえば今日、ヨシオに誘われてたんだ……。
「どしたのお兄?」
「あぁ、うん。その、今日はお昼をヨシオと食べる約束してたの忘れてて……」
「そっかそっか。りょーかいだよ」
「……いや、断る! ヨシオはまた今度」
「どして?」
「だって、海乃がお昼作ってくれるって言うから……」
そうだ。こんなチャンスは二度とない。
昨日流した涙の効果はいつ切れるかわからない。
朝ごはんを作ってくれて見送ってくれるだけでも奇跡なのに、その上お昼ご飯まで一緒に食べようと言ってくれた。
この機会を逃すわけにはいかない!
拳をグッと握り気合を入れると海乃はなにかに気付いたような顔をした。
「あー、そういうことね。お兄勘違いしてるよ? 別に今日だけのつもりで言ったわけじゃないから。明日も明後日も、この先ずっと。一緒に住んでるうちは一緒にご飯食べよ?」
なんだって?
そんなことが……ありえるのか?
……あぁ、なるほど。ずいぶんとリアルな夢だな。危うく気付かないところだった。
頬をつねってみる。……痛いな。
けどきっとこれは気のせい。両手でつねってみよう。
……痛ッ‼︎ …………現実ッ‼︎
「なにしてるの?」
「うん。夢でも見ているのかと思って……。海乃と毎日一緒にご飯が食べれるなんて信じられなくて」
「……バカ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるっての。でもそういう事だから。ヨシオ君との約束を優先させて。これは、そうだなぁ……いもうと命令ってことで!」
少し考えるような素振りを見せるととんでもないことを言い出した。『妹命令』初めて聞く言葉だったけど、僕にとってこれ程までに絶対的拒否権のない言葉はない。
絶対の絶対に……抗えない。
「……うん。わかった」
「ねぇ、そんなあからさまに落ち込まないでよ。どう反応したらいいかわからないし」
「ごめん。本当に夢みたいでさ。たとえ毎日だとしても、その一日を欠かす事が惜しくて……」
明日には気が変わってるかもしれない。
それくらい、今この瞬間は奇跡だった。
「……バカ。シスコン」
「シスコンかもな。海乃の事、ずっと大切に思ってたから。大好きな妹だから!」
「バ、バカ兄‼︎ 早く部活行け!」
そう言うと押し出すように玄関の外へと放り出された……。
あ。余計なこと言ったせいで、行ってらっしゃいチャンスを逃した。
そう思っていたけど、玄関のドアは閉まっておらず、海乃はドアから顔だけ出してこちらを見ていた。
「えーと。夕方には帰ってくる?」
「夕方と言わずすぐ帰ってくる!」
即答だった。
「そういうのはいいから。……そしたらさ、夕飯の買い物一緒に行こ。お兄はカゴ当番ってことで!」
「行く! 絶対行く!」
海乃と二人でお買い物。近所のスーパーだけど、二人で行くなんて初めてだ!
そうして“行ってらっしゃい”を言われ部活へと向かった。
まだ朝だと言うのに、早く夕方になれー! という気持ちでいっぱいだった。
……うーん。なにか忘れてるような。気がしなくも、ない。
ま。いっか! どーでも!
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