第3話 クンクンクンッ!

 

 ──翌日、部活帰りの昼下がり。


 ピンポーン。


 僕は幼馴染の秋ノ森 心音あきのもり ここねの家を訪ねた。


 親父が再婚する前は家も近く家族のような付き合いをしていた。同い年だけど姉貴みたいな存在だ。


 別々の高校そして新居への引っ越し。

 加えて親父の転勤など。親同士の付き合いが無くなると不思議と会う機会も少なくなり、……今日は一年ぶりの再会だ。


 ここに来た目的はもちろん僕が抱えるパンツ事情の相談。


 もう、僕一人の頭では海乃の行動は理解できないんだ。


 僕に足らないのはきっと女心。この問題はたぶん、男ではわからない事。そもそも嫌いな男のパンツを何に使うのか。


 破ってむしって庭で焼き払うのならわかる。

 喧嘩の最中に凶器として投げつけるのもいいだろう。

 それこそ不幸の手紙に添えてしまうのもありだ。


 でも、フィッシュアンドリリース。日帰り旅行で戻って来てしまう。


 これはもう女の子に相談するしかない。


 縋るような思いで、僕は此処に来た!


 きっと、心音が正解へと導いてくる!



 ──ガチャン。

 勝利の女神の登場だ! 出でよ、バスケット少女!


 あ……れ? 誰だこの綺麗なお姉さんは。透き通るような茶色い髪に緩くふわりと巻かれた毛先。そして厚めの前髪。


 心音はどこ……?


「ア、スミマセン。シンブンノカンユウデス」


 何言ってんの僕。何言い出しちゃってるの?!


「んんー? ……あー、はいはい。なるほどぉ。用事ってそういうことね。どうしよっかなぁ〜。大変・・なら契約してあげてもいいよ?」


 う……そ? 大変なことになってしまった。たったいま大変・・なことになってしまったよ?


 契約なんてしないで。できないからっ!!


 どどどどど、どーしよ……。


「なぁにキョトンと突っ立ってるの? 早く入りなよ。契約してあげるから」


 お姉さんはぐいーっとドアを開くと優しい笑顔で手招きをしてきた。


 入れるわけがない。たぶん、ここで入ってしまったら犯罪。だって僕、新聞勧誘員じゃ……ない!


「す、すみません。実は僕、普通の高校生なんです。友達の家と間違って呼び鈴鳴らしちゃって。ほ、本当にすみません……でした──」


「えっ、どうしたのコタ? 頭でも打った?」


 ……コタ? それはどこか懐かしい呼ばれ方だった。


「も、もしかして、心音なのか?」


「はい? なに当たり前のこと言ってるの。暑いから早く入りなって。入らないなら閉めちゃうぞ〜」


 この意地の悪そうな雰囲気。やっぱり心音だ!


「あっ、入ります。すみません」

「なんで敬語なの? ははっうけるんだけど」


 玄関に入ると笑いながらもスリッパを用意してくれた。


「あ、ども。すみません」

「だからなんで敬語なのぉ?」


「あははぁ……ど、どうしてですかね……」


 なんでもどうしてもあるか。綺麗なお姉さんだからだろ!


「ねぇどした? 久々だから緊張でもしてるのかな?」


 そう言うと頭をポンポンしてきた。


 近い。近いよ近い‼︎ 昔みたいなノリのボディタッチはやめて‼︎


 すごい良い匂いするし。甘くて溶けちゃいそうなお姉さんの匂い。胸もでかくなってるし……もう誰! この人誰レベルだよ!!


 見れば見るほどに誰だかわからなくなる。目の前に居るのが心音? 一年でこうも人は変わるものなのか。


 女って……凄い。僕、わからなくなっちゃったよ。


 ──たぶん、舐め回すように見てしまったんだと思う。目の前に居るお姉さんが心音だという非現実を受け入れる為に、類似点を模索していたんだ。



「ねー、おかーさーん! コタがえっちぃ目でみてくるー。助けてー。襲われちゃうかもーー」


 突然リビングの方を向いて大声を出した。こ、こいつ!


「ちょっ、おまっ!」

「うそ〜、今日はお母さん居ないよぉ! びっくりした?」


 プイッ。昔からこういうやつだった。でも、なんだろ。思い出したよ。そうだ。そうだよ。


 綺麗なお姉さんがなんだ! 僕と心音は幼馴染! 外見なんてなんのその!!


「バカヤロウ! ほんとお前は変わらないな!」

「えへへ〜、コタも相変わらずバスケット少年だぁ。いいじゃん!」


「少年言うな‼︎」


「あははっ。あー、良かった! 敬語じゃなくなったね。頭のネジ千本くらい抜けちゃったのかと思って心配したよ〜」


 こ、こいつぅ‼︎ 紛れもなく心音だ。なんだ、その……ちょっと成長しちゃっただけだ。色々と。


 一年って短いと思ってたけど、そうじゃないんだなぁ。


 と、なんとなく浸っていると、


 スンスンスン。僕のことをスンスンしだした。


「コタ汗臭いんだけど」

「……部活帰りだからね」

「げぇー。まじかぁ」


 ほんと容赦ないやつ! 腹立たしい!


 で、でも。僕とは違って心音のやつ……ほんと良い匂いするな……。


 クンクンクン。クンクンクン。


 僕は、吸い放題の空気を悟られぬよう、クンクンしまくった。中身は変わらなくても、やっぱり心音は綺麗なお姉さんになってしまったんだ。


 嬉しいような、切ないような……。

 なんだかよくわからない気持ちになった。

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