海の日 前編
秋乃は立哉を笑わせたい 第4.5笑
=友達とホラー体験しよう=
~ 七月二十三日(木祝) 海の日 ~
※
すげえ良く聞こえる耳
さざ波が。
ソプラノで歌う純白のテラス。
二階から半円に突き出したこの場所は。
白い繭が翼を広げるための小さな港。
大人を夢見る波止場から飛び立つ先は。
足下に臨むプライベートビーチ。
両端が、伸びる岩場に切り取られた箱庭でさえ。
彼女たちは、胸に秘めた小さな夢の欠片を。
白い砂浜の中から。
きっと探し出すことができるのだろう。
そんな宝物を遠くに見つめる。
潮風をはらんでふわりと漂う二つのジェリーフィッシュ。
夏が生んだ二人の妖精が。
何色に染まることも喜びとして受け入れる準備。
白いワンピースを身にまとい。
それぞれの手指をからめて繋ぎながら。
口を開くことも無く。
裾のはためきばかりを届けていた。
――夏は。
すべてを解放する。
だから、両開きの扉越しに妖精を見つめる俺にだって。
普段は胸の内に秘めた。
二人の白い夢が。
レリーフのようにはっきり浮かび上がって見える。
……ああ、そうだ。
痛いほどに。
胸に迫って来る。
だからさ。
無言のアピールはやめて。
「今すぐサロンに戻ってこいっての」
普段は胸の内に秘めた。
二人の白い夢。
よーくわかったから。
雨ん中で呆然としてんじゃねえ。
――『海の日』と言ったって。
海水浴が約束されてるわけじゃないからな。
こんなことだってあるだろうよ。
「でも……。残念……、ね?」
「……乙女心を汲めない立哉さんの方。お前も来るがいい。ぐっと切なさが増してくる」
バカ言ってるんじゃねえよ。
男心を汲めない妹の方。
「わざわざ切なくなりに行くわけねえだろ」
「なんで? そのために海にまで来たのに……」
「こら姉の方。俺が海に来た目的勝手に決めないでくれる? 失恋でもしたのか俺は?」
「……失恋ではなく。切なさ大爆発で罪を白状しに来たのだろう?」
「うはははははははははははは!!! 刑事ドラマのヤマ場か!」
テラスから、雨のビーチを見つめる二人。
右の妖精が。
妹の、
俺の中にある『白いワンピースの少女』というセンテンスを過不足なく体現した、フランス人形のような彼女は。
雨に濡れた豪奢な金髪を揺らしながら素足の跡をサロンへ塗りつけて。
俺の隣に待ち構えた厳かな意匠のアンティークな椅子に音も無く腰掛ける。
春姫ちゃんのためにデザインされたとしか表現できない袖なしワンピースは。
肩紐のバラ細工がそのまま大きく開いた胸にV字の縁飾りとなった後。
腰にシンメトリに巻き付いてくびれを強調しながら、最後には背中に花開く大きなリボンへと姿を変えて、少女の可憐さを最大限に引き出していた。
そんなお人形さんを。
可愛らしいなと見つめているしかないその理由。
もう一人の妖精の方も、サロンへ入って来た。
濡れた飴色の長髪を、肩に這わせた姉の方。
……妹とは二つ違い。
でも、見た目はまったく違う舞浜は。
同じデザインのワンピースなのに。
俺の中の『白いワンピースの少女』像を。
ピンク色に染め上げた。
「……悪い。正面に座らねえでくれるか?」
「え? なにか困ることがある……、の?」
困るよ困る。
大迷惑だ。
前にかがむな。
お前の着てるの。
春姫ちゃんと一緒。
胸元が大きく開いた。
ノースリーブのワンピースなわけで。
ぺったんこな春姫ちゃんと真逆で。
大変なんだよ察しろよ。
「なん……、で?」
「なんでもなにも」
「ちゃんと教えて?」
「……零れるから」
俺はウェッジウッドをかちゃかちゃ言わせながら持ち上げて。
妙に甘く感じる琥珀色の紅茶を口に含んだ後。
さざ波もたたねえ自分の前に置かれたティーカップから何が零れるのかと首捻ってる舞浜の方はなるべく見ねえように。
春姫ちゃんのご機嫌をとることにした。
「残念だったな、雨で」
「……パッとしない立哉さんの方。そう思うのならお菓子でも持って来て、私を楽しませるが良い」
俺がどうして首を横に向けっぱなしなのか。
聡い春姫ちゃんはその理由を分かっているんだろう。
どことなく不機嫌に。
自分の胸元を見つめながら。
偉そうに俺に命令してきた。
「フォローはもうちょっと謙虚に受け取るもんだ。ピュアな俺だって腹が立つ」
「……ピュアな男は何かの谷間で興奮しないと思うが」
「ピュアだから横向きになったままなんだろが」
「……なるほど。古代エジプトの民は皆、ピュアだったわけだな?」
「その通り。女王陛下も似たような服着てるから」
横から見たら丸見えじゃねえかって程のノースリーブ。
あれもまた、白いワンピース。
「お菓子取って来るから。もう外に出ねえで大人しくしてろよ?」
「……まあ、逃げるが吉だな。ではよろしく頼むぞ、立哉さんの方」
この旅行からだったか。
春姫ちゃんが、今までと違う呼び方をする。
下の名前なんてむず痒いけど。
今まで呼ばれてた『兄の方』よりはましだ。
俺は小さな変化の理由を考えながら席を立つと。
舞浜が声をかけて来たんだが。
「あ、あの……。た……」
「ん?」
「ほ、保坂君にね? お願いがあるの……」
「ほう、それは偶然。俺からもお願いがある」
「な、なに……、かな?」
「お袋が言ってた通り、ここの家具とかぜってえ壊すんじゃねえぞ?」
なんでもここは。
お袋の、上司の持ってる別荘とかで。
借りた時以上にピカピカにして返却せねばと。
到着するなり大掃除を始めた母ちゃん曰く。
『なんぞ、物を壊したら。スイカ割りの際、棒にする』
……スイカの方じゃねえのかと思わず突っ込んだが。
モノを使えば減ったり壊れたりするのが道理だろうに。
とは言えあそこまで言われたら。
誰だって慎重に使わせていただこうって気に……。
「あ」
「うおい言ってるそばからバキッて! なに壊しやがった!? 今背中に隠したもん出せ!」
「椅子の飾り……。も、元々外れてた……?」
「ああもう、勘弁しろよてめえは! くれぐれも頼むぞ。……で?」
「ん?」
「お願いってなんだ?」
舞浜は、申し訳なさそうに椅子のパーツをテーブルに置いて。
内股の間に両手を挟んでもじもじしながら。
「な、何でもない……」
小さな声で呟いたんだが。
当然、俺は。
そんな舞浜には見向きもせず。
吹き抜けの中央に備え付けられた大階段へと大股で向かった。
……もちろん。
怒ってるわけじゃねえ。
おまえさ。
なんで挟んで寄せた?
そんなかっこしたら。
零れるっての。
「……母様の前で大声を出さないでくれたまえよ」
「ああ、分かってる」
「……頼んだぞ、どうしようもないエロ立哉さんの方」
「…………そっちも分かってる」
分かってるんだが。
こればっかりは理不尽だ。
――夏は。
すべてを解放する。
なのに舞浜が解放するのはOKで。
なぜ俺はNGなのか。
古い階段の軋みは。
こんな下らない質問に。
イラっとするほど嫌味な音で。
バカじゃねえのと返事をくれた。
~´∀`~´∀`~´∀`~
一階のリビングでは。
母親同士が意気投合。
娘の心配。
親知らず。
舞浜のお母さんも。
随分リラックスして話し込んでるようだ。
「ホントニ、素敵ナ別荘。オ招キ感謝」
「また? もう、何度も言わせないでよ。凜々花が散々お邪魔してる御礼にしちゃ安いもんだわ!」
「そうそう! 凜々花もみんな一緒で楽しいし!」
「ヨカッタ……。コレデ私モ、村ノ一員……」
「は? なにそれ? 村って何?」
「きゃはははは! ママ舞浜、おもしれえ!」
……ままま?
なに言ってんだあいつは。
床を掘り下げて埋め込まれた円形ソファー。
中央のテーブルには紅茶と、お昼の残り物が並んでる。
そこで、凜々花にまとわりつかれるお袋と。
舞浜姉妹のお袋さんがくつろいでいた。
「なあ、お菓子取りに来たんだが」
「台所でしょ? それよりあんた、あんな美女二人前にして妙な気起こすんじゃないわよ?」
「親って生き物はどうしてそう下世話なんだろうね」
「ソ、ソレガ村ノ
俺はヤマタノオロチか!
そう突っ込みてえところだが。
この人、俺が突っ込み入れると逃げ出しそうだからな。
前には、春姫ちゃんのスカートの中に潜っちまったこともあるし。
我慢我慢。
……舞浜のお袋さんは。
どうにも日本を誤解しまくってるフランス人。
喘息持ちの春姫ちゃんを療養させるために。
東京で働く親父さんと離れて暮らしているらしいんだが。
もうちょっと日本の文化を学んでくれよ。
この人、村の風習から外れる訳にいかないからって理由で。
モンペにほっかむりして暮らしてやがるんだが。
今日は。
一家そろって同じ意匠のワンピース。
ほっかむりもしてねえから。
その信じがたいほどの美貌が白日の下。
「生贄って。そんな掟は無いから安心してくれ」
「ソ、ソウカ? ソレハ良カッタ」
「……あれ? 親父はどこ行った?」
俺の質問に。
お袋が無言で指差す先。
そっちは確か。
ダイニングとキッチン。
どん詰まりにお風呂。
こんな時間に風呂って訳はねえから。
ダイニングだろうな。
いつもなら、こんな時くらいヒキニート発動してねえで。
人前に出てろって言いてえとこだが。
気持ちは分かる。
俺は、舞浜母に。
なるべくピントを合わせないように目を向けてお辞儀して。
ロビー経由でダイニングへの扉を開くと……。
「なに作ってんだよ」
「や、やあお兄ちゃん! これは……、夕食の準備をね?」
「昼飯食ったばっかりだろうが」
「そ、そうだよね! あ、そうだ! 久し振りにバックギャモンでもやるかい?」
「オープニングも知らん親父とじゃ勝負にならんのだが」
そうは言ったものの。
今日の所は仕方ねえ。
二階に菓子運んだ後で。
相手してやるか。
……舞浜母。
あれと同席なんかできねえよな。
だって。
美人姉妹の生みの親。
ご本人は、伝説級の美人。
しかも。
あの服。
俺の中の、『白いワンピース』像が。
舞浜以上に、母親のせいで。
根本的に崩れ……、いや。
もっと端的に。
適切な表現をするならば。
サイズがおかしい。
つまりだ。
ゆったり零れそうな舞浜と違って。
「…………手足は細いのに、どう見てもチャーシュー」
「はっ!? ……い、いや! ななな何の話だい?」
「今、お前が持ってるそれの話だ」
「あ、ああ、そうだよね! ようし、今夜はとびっきりの炙りチャーシュー丼を作ってあげるからね!」
……そう。
零れるどころか。
押されてはみ出しとる。
俺は親父の肩を軽く叩いてから。
紅茶のお代わりとスナック菓子を持って。
「おーい、凜々花! 聞こえるか!」
「なーにーーーー?」
「二階に行って、舞浜の相手してやっててくれ!」
「よっしゃ任しとけい! んじゃ、トランプ持ってくか!」
『……そうじゃねえ。凜々花を見てたんだ』
よし完璧。
俺は、視線が万が一向いた時の保険を先に買ってから。
銀のトレーを手に二階へと向かった。
……万が一、だ。
そう。
万が一。
…………恐るべし。
夏の舞浜一家。
~´∀`~´∀`~´∀`~
夕食後。
二階のラウンジでトランプ大会。
雨上がりで開け放った扉から。
潮騒が夜風に乗って運ばれてくる。
ゲームの方は。
天才、舞浜の一人舞台かと思ったが。
お前、手ぇ抜いたな?
結果。
凜々花と春姫ちゃんのダブル優勝で幕を閉じることになった。
「明日は晴れそう……、ね」
「おお。雲の切れ間からほんの少しだけど星が見える」
星空が綺麗だと事前に言われた通り。
雲のドレスに入ったスリットから。
スパンコールのストッキングが。
これでもかと瞬いている。
「さあて! 明日は泳ぐわよ!」
「お袋のタフネスにはあきれるわ。連日仕事大変なんだろ? その上、一人で東京から車運転してきて俺たち拾って海まで運転して」
「あんたも社会人になったら分かる! のんびりゴロゴロしてる暇なんて人類には無いの!」
「さいですか」
しまった。
また始まったぜ、お袋の社会学。
これ始まるとなげえんだよな。
まるっと一日話し疲れて。
笑顔に力が無くなって来たみんなを前に。
お袋は席を立って。
俺に向けて演説をぶつ。
「勉強を一生懸命やって、遊ぶ時間はだらけるって発想は子供のうち! 大人になったら、遊ぶのも一生懸命やるもんなの!」
「おかしいだろその発想。だらっと遊ぶために仕事するもんなんじゃねえのか?」
「ちーがう! 仕事こそ人生! 余暇は必須アミノ酸! どっちも無いと生きていけないの!」
ああ面倒。
よし、この矛先を。
一人でソリティア始めたこいつに挿げ替えてやる。
「親父は、そのアミノさんと毎日楽しく遊んで暮らしているようだが?」
「えええええ!? 遊んでないよ!?」
「昼飯の後、何時間も携帯いじりながらテレビ見てるのが仕事か?」
「ちょおっ!? お、お兄ちゃんそれは……」
「あんたねえ……っ!」
「ご、誤解だよ! 徹夜した次の日とかの息抜きだって!」
忍法変わり身の術。
後は丸太にすべてを任せて。
風呂入って寝よう。
なーんて思ってたら。
……大事件が勃発した。
後半へ続く♪
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