拗らせオタクは主人公《ヒーロー》になれるのか?

@idoitbaka

第1話 変身電気男

強烈に鳴り響く戦闘音が恐怖心をさらに震わせる。夕日で染まった赤黒い空はその情景を描いているかのようだった。


「はあ、はあ。」


息が苦しい。体力には自信があったつもりだが、我ながら情けない。


「どこだ!」


必死にクラスメートの妹を呼ぶ。自身の焦りを体現するかのように、不気味なサイレンが鳴り響いていた。


もう避難勧告が出てから40分ほどたっている。逃げ遅れた事を聞いたのが10分ぐらい前だ。


(やめろやめろ!)


頭を横に強く振り、嫌な予感を吹き飛ばすように走る速度を上げたが、不安感は拭えない。


その瞬間、バリバリと折れるような音が別の道から聞こえ、威圧感に反比例するように、身体の奥から何かがサアッと引いていった。


(倒木の音か……)


それに安心すると同時に、自身の直感にそこへ行くべきだと命令される。


音源に近づくにつれ、道に破れた赤い服が落ちていたりと、不穏な物が散乱している。そして前に見えた、パレットに絵の具を出した時のような赤い光景。検討はついていたが、心のどこかで外れるように否定して、迫っていく。


「まじかよ……」


それが完全になにか認識できた瞬間、ブレーキがかかったように足が止まった。


虐殺の現場。10人、いや、もうすでに一目で数えられないような状態になっている。恐怖の対象はすでにいなくなっていたが、それが逆に不安感を増大させた。


一瞬だけ、あの時の光景がよぎる。逃げる人たちを容赦なく、その鋭利な爪で苦しみを与える方法を使い殺していく、白い化け物。


「影災かげろう……!」


一瞬怒りに頭が支配されかける。しかしそんな場合じゃないのを自分に言い聞かせ、捜索に戻る。


「いてくれるなよ……」


 死体の中に少女がいないことを祈りながら、踏まないように前に進む。大体音が聞こえたのはこのあたりだ。


 「ん?」


 血だまりになっている地面を見ると、小さな運動靴の跡があった。それは右に見えるコンビニの裏に続いている。



「怖いよお……」


少女は業務用の一回り大きいゴミ箱に隠れた。恐怖でガタガタと身体を震わせていて、まともに歩ける状態ですらない。


「ひっ……!」


その時、緑色の蓋が開く。とうとう見つかった恐怖と絶望が、心を押し潰しかけた。


「大丈夫か。」


「お兄ちゃんの……お友達?」


「……ただの知り合いだ。」


しかし、蓋を開けたのは目つきの悪い少年。彼は足がすくんで動けない少女を両手で優しく引き上げて、抱きかかえる。


緊張が解け、泣き出した少女を横目にギリシャ文字の意匠が付いた携帯をポケットから取り出し、彼女の兄にかける。


「見つかったのか!?」


「ああ、今一緒にいる。」


それを告げると、大きなため息が聞こえ、安心感がこちらにも伝わってきた。



「良かった……俺もすぐに避難所にもど――」



そう言いかけた時、突然ノイズが走り緊迫感が一気に上がる。


「おい! どうした!」


画面が元に戻り、嫌な光景が頭に浮かんだ。この状況であんな音、奴らに決まっている。


(クソッどうする……)


今ここでとれるのは2つに一つ。この子を逃がしてあいつを見捨てるしかなかった。


この状況での葛藤は死を招く。それは明らかだったが、気持ちに踏ん切りがつかない。


「なんでだよ……」


それをぶつけるように唇を噛み締めた。



涙目の少女を自分の背中で担ぎ、何かを振り切るように走る。さっきまでの体調とは鏡映しになるように、息も苦しくなかったが、自分の無力さを突き付けられた不快感は拭えない。


運よく学校の正門が見えるまでは近づけた。曲がり角から様子をうかがう。


「やああっ!」


長い黒髪の少女が化け物に鎌を振り下ろす。それを受けて、影災はまるで砂のように跡形もなく消滅した。


他にも見える。影災と戦っている少女達が、常人を超えた動きで影災を殲滅していく。普通なら安心していただろう。


しかし少年の心にはもどかしさが広がり、冷静さを欠いていた。


「チッ……ゾンビ映画かよ。」


影災が学校周辺を取り囲んでいて、俺たちが入る隙間がない。


(どうすれば……)


せめて一瞬でもあいつらが別方向に行けば、この子は逃げられる。


「……そうだ。」


少女を背中から下ろし、しゃがんで目線を合わせる。


「いいか、これから俺の話をよく聞け。」



影災の集団へ、ゆっくりと歩み寄っていく。


(あの子はもう隠れたかな)


少しだけ離れた所で止まり、音が聞こえるほど大きく息を吸い込んで、覚悟を決める。


「こっちこいやこのキチガイども!」


ムキになって溜まっていた気持ちを吐き出す。そして影災が一斉にこっちを向いた。


「やっべー」


振り返り、猛ダッシュで逃げ始める。


あんな事を言っておいてなんだが、かなり危ない。10秒も立たないうちに追いつかれた。しかし、その集団の後ろには、鎌を持った少女がものすごいスピードで近づいて来ている。


(もうすぐ……!)


足音ですぐ後ろにいると判断し、振り向いて最後の抵抗をしようとする。しかし身体を反転させた瞬間、赤い爪が頭目掛けて迫ってきているのが見えた。恐怖で固まりながらも、右手で受け止める。


「痛ってえええ!」


鋭利な爪は彼の右手を貫通し、激痛をもたらした。大声をあげて痛みを誤魔化そうとするが、彼にそんな格好のいい事は出来なかった。痛みのままに前方に転び、右手を抑えて苦悶の声を出す。


そして、地面に横たわる彼の頭を影災が突き刺そうとした時。


「私の……!」


ギリギリで割って入った少女は片方の刀身で、爪を受け止める。キリキリと軽い金属音が鳴り、両者が競り合う。


「兄さんを殺そうとしたな……」


少女の声が低くなり、覇気が混じる。


受け止めた影災を蹴り飛ばすと、柄を短くして、鎌を手裏剣のように変形させる。


少女は腰を落とし、ゆっくりと腰を右に回す。そして一気にそれを投げ飛ばした。


鎌はブーメランのように宙を舞い、影災を切り裂いていく。ヒュンヒュンと風切り音がこちらにまで聞こえてきて、心無しか自分の憧れていた物が脳裏をよぎり、歯を食いしばる。


影災はみるみるうちに視界に映らなくなっていき、完全に殲滅された。


残骸さえない、本当に戦っていたのかということさえ考えながら、血だらけになった右手を抑え、深呼吸しながら立ち上がる。


辺りを見渡せば、先程まで隠れていた少女も無事保護されているのは見えた、普通なら喜ばしい事だっただろう。


しかし、白刃 十束の心には、劣等感だけが生まれていた。


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