とある暗殺者の裏事情
柊 吉野
第1話
とある大きな屋敷の屋根の上に人影がある。
その人影は屋敷の中に入り、屋敷の使用人に気付かれることなく進む。一番奥の部屋の扉を開ける。
そこにはこの街の領主がいた。
「誰だ!」
その人影は何も告げずに領主に向かって歩く。スッと近づき、そして領主を押さえて口に毒薬を流し込む。すると領主は苦しみだして、数秒後には死んでいた。
その死体はただ心臓発作で死んだようにしか見えなかった。
「コンコン。」
ドアをノックする。
「好きな食べ物は?」
「イカの塩辛。」
合言葉を言うとドアが開く。
「おお、よく来たな。」
受付のおやじが嬉しそうに言う。
「今回のお前の仕事はこれだ。」
ボータン・ピック子爵の暗殺。
ピック領の領主で金遣いが荒く、黒い噂が以前から流れていた貴族だ。
「今回の期限は一月だ。」
暗殺の依頼を出すのは意外と難しいのだ。正統な理由がいるし、相手の非が認められないと依頼は通らない。それに依頼料は市民が出すのには少し高いはずなのに。
また俺に仕事が回ってきた。最近は多い気がするが仕方がない。
「分かった。」
「早速明日から向かってもらうぞ。」
この暗殺ギルドは本当に人使いが荒い。
「馬車や宿はこちらで用意しておいた。
この紙に書いてあるから後はいつも通りだ。よろしく頼むぞ。」
俺は家に帰り、明日のための支度をする。
君たちは暗殺者のことをどう思っているのか?
カッコよくて、スマートに仕事をこなしているイメージなのだろうか。
全くもってそうでない。暗殺者は思っているよりもずっと大変なのだ。
毎日、腹筋 背筋 腕立て スクワットを
100回以上そして10キロジョギングをしている。でもそれは忙しい日だけだ。
時間があるときは基本それ以上を毎日こなしているのだ。
屋根を登ったり、天井に張り付いたりするには筋肉がいる。敵に近づく瞬発力、動体視力、長時間行動する体力。
俺には日々衰えないように、強くなるためにトーレニングを欠かせない。
何もせずに、最強になれることなんてないんだよ。
賃金にも問題があると思うんだ。それなりには多いと思う。町の人たちと比べるとずいぶんと多いだろう。
だが俺は暗殺者、日々過酷な生活をして、いのちを懸けて戦っているのだ。もっともらってもよいのではないかと思う。
今回の仕事は少し遠くにある領地だ。だから馬車を使っていなかければならない。
馬車といってもただの乗り合い馬車なのだ。うちのギルドは少しでも多くの金を残すためとにかくなるべくケチる。
今回もまた硬い木でできた馬車だ。
馬車にゆられる。あまり整地されていないでこぼこした道だから、馬車が揺れる。
そのたびに尻を、腰をうつ。尻が2つに割れそうだ。本当に痛い。どうにかしてくれ。
我がギルドよ。
やっと領地についた。今日はもう疲れたから宿に入ろう。
たしか宿はここだったな。そして宿を見る。
今にも潰れそうな、そんなボロ宿だ。いつものことでもう慣れてしまったがこれはおかしいだろう。
俺は暗殺者なのだ。もう一度言おう。
俺は暗殺者なのだ。
それなのに、なんでこんな不遇なのだろう。
今日からこの街のこと、領民のこと、屋敷の場所や周りの様子、使用人のことや働く時間、領主の予定など調べなければいけない。
暗殺者とはいったものの暗殺業で一番大変なのはそういった視察なのだ。
だからこれからが山場になる。
この街を見て回ったり、領民と話をしたりするときはバレたりすることは滅多にないので変装したりする必要はないのだか、領主の屋敷となるとそうはいかない。
何度も同じ人間が通ると怪しまれるので、かつらやヒゲ、メガネを使って時に女装したりして、バレないようにうまくしないといけない。
それに変な行動をして、バレてはいけないから、自然を装って通りすぎたり、周りを観察したりしないといけないのだ。
暗殺者がこんなことをチビチビとやっているのだ。自分でしていて残念に思う。
この世界には相手の場所を特定したり、姿を隠したり、相手を瞬殺するような魔法じみた方法はないのだから。
そういっている間に、調査の結果やることは決まった。
今日が決行の日だ。
暗殺のための服装に着替えている時にもそのダサさを考えた。
暗殺者と言われれば黒くてフードなんかがついた長いコートをよく着ていたりする。なんだかキザっているようにも感じるが、全然マシだと思う。
俺がギルドから支給されている正装は全身タイツなのだ。
コートなんてものを着れば、風が吹いたり動いたりしたときなびいて音がなるかもしれない。
ターゲットの家に侵入するとき窓枠に引っかかるかもしれないし、家の中で何かにぶつかることが増えるかもしれない。
現実的に暗殺するときコートに実用性はない。それに比べてタイツはピチッとしていて音もない、それに動きやすい。性能だけでいったらなかなかのものだ。
ただただダサすぎるのが欠点だが。
それにこの全身タイツ、おまけに頭の部分までついていやがる。髪がでないように作られている。出ているのは顔だけ。考えてみてくれ、めちゃくちゃダサいだろ。
それで誰かに見られでもしてみろ。
暗殺者としてバレるよりもある意味ショックだわ。
全身タイツ人間と夜中にすれ違ってみろ。それはただのヤバいやつだ。俺だってそんなやつと会いたくない。
暗殺に使う道具は基本的には自分たちで調合した毒なんかを使うことが多い。それはまぁ割と普通なのかもしれない。
銃は使ったりしないのかって?
バカヤロウ銃なんてうるさくて使えるかよ。それに現場を荒らすかもしれないし。銃を使って殺すのはもはや暗殺じゃない。ナンセンスだ。
使うとしても、弓矢か吹き矢だな。音でないし。
そんなこんないってるうちに準備が整ったよ。今までこんな愚痴聞いてくれてありがとな。
暗殺者なんてまったくオススメしないからやらない方がいいよ。
じゃあ行ってくるわ。
そう言ってその人影は屋敷の方へ歩いていった。
とある暗殺者の裏事情 柊 吉野 @milnano
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