泡沫の夢物語

輪切りの檸檬爆弾

泡沫の夢物語

カランコロン カランコロン

二人の下駄の音が響く。少し歩くだけでじんわり汗ばんで、日は傾きかけているのに蒸し暑い。空気が肌にまとわりつくような暑さ。締めた帯とつないだ手に意識を向けるとより一層熱く感じる。

川の流れる音、虫のなく声、草の香り、二人の下駄の音。次第にそこへ陽気な声や呼び込みの声、おいしそうなにおいが加わる。

赤い提灯がずらりと並び屋台が顔を出す。一年ぶりのお祭りは心が躍る。はしゃいで駆け出しそうな自分の心を抑えてにぎやかな場所へ足を踏み入れるのを躊躇する彼の手を引いて

「早くいこう!私りんご飴食べたいな」

手を引いた私を彼はあきれたように見る。色気より食い気が勝ったっていいじゃないか。今日くらいははしゃぎたい。ムッと頬を膨らませて彼の方を見つめると彼はニッと笑う。

「ほどほどにしとけよ。俺は焼きそば食べるから」

私の好きな顔だ。

 

 



彼の忠告を無視して屋台を回り続けること約45分。りんご飴に焼きそば、焼きトウモロコシ、かき氷、綿あめetc..

「そんなに食べたら太るぞ」

いたずらっ子みたいに笑う顔に見とれながら食べ物を頬張る。私に食べすぎだって言う彼のほうが私よりもたくさん食べているのに、そりゃあ私は他の女の子と比べてたくさん食べる方だと思うけど、これでも体系には気を付けているのだ。

人の隙間を縫いながら人に流され歩いていく。私よりも15センチ背の高い彼は私よりも歩くのが早い。それでも私が彼からはぐれないのはつないだ手と歩幅を合わせてくれているおかげ。一緒にお祭りに来れるのも、歩幅を合わせてもらいながら手をつないで歩くのも彼女の特権。

カランコロン歩いていると射的が目に留まる。

「射的あるよ。クマのぬいぐるみ欲しいな」

見るからに倒れにくそうなぬいぐるみが急にほしくなった。一目ぼれ。つぶらな瞳と目があってしまったのだから仕方ない。

「仕方ないな、とってやるから俺の勇姿ちゃんと見とけよ」

彼はそう言い、財布から300円取り出すと、まいどあり。おじさんが玉を5つ渡す。

 

ぽこん ぽこん ぽこん ぽこん

 

まっっったく倒れる気配がない。接着剤でくっついているのでは?と疑うほどにクマのぬいぐるみはそこから微塵も動かない。


ぽこん

 

最後の一つはクマのぬいぐるみではなくその隣の缶に入ったドロップに当たった。見事ドロップは倒れ彼は満足そうに私をみた。

「クマは無理だからこれやるよ」

彼は私にドロップを渡す。どうせなら形の残るものがよかったけど仕方ない。もらえるだけ良しとしよう。

「ありがとう。やっぱりクマは手ごわかったね」

私はギュッとドロップ缶を握る。

射的をあとにして空を見上げるとすっかり夜の色。

「もうすぐかな」

私が声をかけると同時に大きな音がして空に光の花が咲く。

続けて花が咲いて散ってゆく。夜空が一瞬で花畑になって、光で彼の顔が照らされる。いままでざわざわしていた周囲もシンっとしてその花の美しさに息をのんでいる。

「ねえ、」

声をかけるけど彼には届かないみたいだ。声が届かない代わりにギュッと手を握る。それに気づいた彼はこっちを向いて空を指さす。そっちをみろってことだね。でも今はそっちじゃなくてこっちを見ていたい。私を見てほしい。

「花火きれいだな」

彼は花火に見とれている。私は彼に見とれている。今日のこの光景を目に焼きつけて忘れたくない。今日が終わらなければいいのに。

「きれいだね」

 

しばらくして、ハートの花火があがってそれとともにメッセージが流れる。どこかの誰かが彼女にあてたメッセージ。また来年も一緒になんてうらやましいな。

 

私たちは今日で終わりなのに。

 

花火が終わるとざわざわと周囲に活気が戻る。周りには幸せそうなカップルがたくさんいるような気がする。気がするだけ。

「そろそろ帰ろうか」

私が精いっぱいの笑顔でそういうと彼は握っていた手を離した。

「そうだな」

 



カランコロン カランコロン

にぎやかな音がだんだん遠くなる。彼は私の名前を呼ばないし私も彼の名前を呼べない。音が遠ざかっていくと本当に今日が終わってしまう実感がわいてきて目頭が熱くなる。

「本当に終わり?」

縋りつくみたいでかっこ悪いかな。

「うん」

なんともないように彼が言うからなんだか今までの時間も私の妄想だったのかもしれないと思えてくる。

「じゃあ、これで」

分かれ道。私は右に彼は左に。ここで別れたらもう終わり。他に好きな人ができたとか、浮気したとか理由なんてない。ただ私が願った夢の時間が終わるだけ。少女漫画のキラキラしたお話ならここで私の聞きたい言葉が聞けてハッピーエンド。でも私は少女漫画の主人公じゃないから、私は右に彼は左に足をすすめる。

最後の言葉、なんて言ったらいいかな。好きなんて言ったら困るかな。またね、なんて望めないから。

「ありがとう」

 

 

 

カランコロン

一人の下駄の音が遠ざかって

カランコロン

一人の下駄の音が響く

 

ころころと口の中で転がしたドロップは少ししょっぱい気がした。

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泡沫の夢物語 輪切りの檸檬爆弾 @syunkasyuto-hanayorishitai

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