第121話 帝国の勇者と国王の側近の密会

 じん麗翠れみ麗蒼れあ国分こくぶんの四人がロールクワイフ共和国で、これからのことについて話し合いをしていた頃。


 ボルチオール王国の某所では、アルラギア帝国の勇者である岸田きしだとボルチオール王国国王のパーク・ボルチオールの側近であるバルガスが密会をしていた。






 ◇






 「ようこそ、ボルチオール王国へ。アルラギア帝国という大国の勇者に会えて、我々も光栄だ」

 「……これからオレ様達に侵略されるってのに、随分余裕そうだな? オッサン?」

 「どうやら我々の国の勇者様は、アルラギア帝国軍にも勝てるぐらいの力を持っているらしくてね……アルラギア帝国は俺が倒すと自信満々に我々へ宣言したよ……おっと、失礼。そんなに怒らないでくれたまえ。大国の勇者キシダ様」


 岸田は、バルガスの言葉に……いや、バルガスの言葉では無いだろう。

 自分が敗北した(と勘違いしている)ケントの言葉を聞いて、手に持っていたワイン入りのグラスを床に叩きつけていた。


 「ふざけんな! 調子に乗りやがって! あの七三分けの能無しが!」

 「ハッハッハ……どうやらワタナベ・ケントは、大国の勇者様には嫌われているようだ。我々も大嫌いだがな、あの男は。メイド、片付けろ。そしてキシダ様に新しいお飲み物を」

 「……はい」

 「飲みモンなんかいらねえから、さっさと出てけ! 片付けも後にしろ! このクソメイド!」

 「も、申し訳ございません!」


 岸田は、粉々に割れて床に散乱していたグラスの破片と、カーペットにぶち撒けられたワインの片付けをしようとするメイドを怒鳴りつける。

 メイドは怯え、慌てて部屋を出た。


 「ハッハッハ……そう怒らないでほしい。アルラギア帝国という大国の勇者なら、これくらいのことは、余裕で聞き流してもらいたい」

 「……あまり調子に乗んなよ? オッサンの首を手土産に、ボルチオールの国王がいる王宮に乗り込んでやっても良いんだぜ?」

 「おお……それは怖い。女神イーリスに選ばれた勇者達に、数十万を超えるアルラギア帝国軍を率いて乗り込まれれば、王宮どころか王都カムデンメリーまで滅ぼされてしまうな。……それが出来れば、の話だが」

 「…………」


 バルガスに岸田の脅しは通用しなかった。

 それは何故か。


 まず最初、アルラギア帝国は偵察部隊も兼ねた数千人ほどの連隊を、ボルチオール王国の国境付近に派遣していた。


 そこから約一週間後、総勢数十万のアルラギア帝国軍が岸田達に率いられ、ボルチオール王国へと向かう。

 ここまでは、アルラギア帝国の想定通りだったのだが問題が起きた。


 偵察部隊を兼ねていた数千人ほどの連隊が、岸田達との合流地点に誰一人として現れなかったのだ。

 当然、軍の中では何故合流地点に誰も現れないのかという疑問の声が多数上がる。


 そのため岸田は、パーティーメンバーの一人である園部そのべに一万を超える師団を率いらせて、自分達より先にボルチオール王国へ向かった連隊の捜索に向かわせた。


 だが、三日後。

 岸田達の待つ合流地点へと帰ってきたのは、園部だけだった。

 そこで、岸田達は園部から伝えられる。


 先にボルチオール王国へ向かった数千の連隊も、自分が率いた一万を超える師団も。

 おそらく全滅だと。


 国境付近にいた女神の剣イーリス・ブレイドを持った勇者一人の手によって。


 園部のこの報告からアルラギア帝国軍と岸田は、元クラスメイトでボルチオール王国勇者の渡辺わたなべ健人けんとの仕業だと推察した。


 そして、一つの結論に至る。


 女神の剣を持った勇者が前線に出て来ている以上、こちらも女神の剣を持った岸田を駆り出さなければならない上、勇者同士での戦いに女神の加護を持っていない軍の人間をいくら連れて行ったとしても無駄死にするだけ。


 なので岸田が単身で健人を倒してから侵略しようということになり、岸田はやる気満々で国境付近へと向かったのだが……健人の姿は無かった。


 国境付近にあったのは、健人に殺されたと思われるアルラギア帝国軍の大量の死体のみ。


 しかし、このまま引き返すわけにもいかない岸田は、健人を追ってボルチオール王国の王都カムデンメリーまで一人で移動し、そこで岸田を知っていたボルチオール国王の側近であるバルガスの部下に声を掛けられて、今に至る。


 「勘違いしないで欲しい。我々は味方だ」

 「……味方だと?」

 「あの男……いや、この国の勇者パーティーには辟易としていてな。ふっ……パーティーと言っても、もう二人しか生き残っていないが」

 「……この国にいる魔王軍幹部にでも挑んで死んだのか?」

 「気が触れた勇者様に、二人ほど殺されたのだよ。我々はアルラギア帝国にその二人を差し出して、降参でもしようかと考えていたのだがな」


 バルガスは、健人の愚行に呆れながら笑う。

 気が触れた勇者様というバルガスの表現は当たっていた。

 既に健人は、この国を裏切り魔王軍に寝返っているのだから。


 「生きているのは、ケントともう一人だけか?  それが本当なら、負ける気がしねえ」

 「ああ、本当だ。……いや、二人とは言ったが実質一人か。もう一人はおかしな言動ばかりで、会話すら不可能なのでな。だから、我々はキシダ様の味方になろうというわけなのだよ」

 「……詳しく聞かせろ」


 岸田はこの日、バルガスからの情報でボルチオール王国の現状を知ることが出来たが。

 神堂しんどうが近くにいること。

 そして仁が生きていることを知るチャンスは無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る