第119話 仁と麗蒼の後悔

 「ああっ……なんで……なんでなの……? 思い出せない……それだけじゃない……い、痛い……」

 「もういい、麗蒼れあ! 思い出そうとするな!」


 頭を抑えながらその場にうずくまった麗蒼。

 これ以上、麗蒼にあの日の記憶を思い出させようとするのは危険だ。

 顔面蒼白な上に、明らかに不自然で変な汗が大量に吹き出ている。


 しかし麗蒼は、あの日の記憶を思い出そうとするのを辞めない。


 「ダ……ダメ……ここで、じんに……仁に伝えなきゃ……いけない……ことが……ある……。ううっ……はぁ……そ、そんな気がしているの……。イーリス……お願い……じゃ……邪魔しない……で」

 「麗蒼!? 無茶するな!」


 まずい……間違いない。

 麗蒼の言動からしてこれは……聞こえているんだ麗蒼に。


 (「余計なことを思い出すな」)


 という、あのイーリスのウザくて無性に腹立つ忠告が。

 俺もこっちの世界に来始めた頃、この忠告に抵抗しようとして、忘れてしまったあの日の記憶一部を思い出そうとしたが、無理だった。

 むしろ無理矢理抵抗したせいなのか、数日間寝込むハメになってしまったのを覚えている。


 ……イーリスは俺が確かに殺したはずなのに、何故イーリスの力で記憶を消されていたり、こうして抵抗しようとすれば、イーリスの力によって身体にダメージを与えられてしまうんだ?

 そこがずっと引っ掛かるが、恐らくこれも……イーリスの俺への嫌がらせなんだろうな。


 (「し、知らないから……め、女神の命乞いを聞かなかったことを……こ、後悔すると良い……よ。き、君には最低限の加護も与えないから……な。ゆ、勇者パーティー二十八人の誰かが死なない限り、き、君はこの世界で地獄をみ……見続ける……よ」)


 ……イーリスが遺した俺へのあの恨み言は、イーリスの本音だったんだな。

 しかもイーリスの忠告通り、女神の加護持ちが死んで、俺が女神の加護を手に入れるまでの二年間、本当に地獄を見たし。


 ……いや、女神の加護を手に入れてからも地獄のような光景は見たか。

 きっと俺は、この世界に居続ける限りあんな光景を何度も見ることになるのかもしれない。


 そして今も、こうして麗蒼が俺の目の前で苦しんでいる。

 既にいないはずのイーリスに、あの時の自分の行いを後悔するんだなと嘲笑されている気分だ。

 

 俺があの時……イーリスを殺してなければ、リベッネも死ななかったし、麗翠れみもアルレイユ公国で苦しむことは無かったんじゃないのか。


 もっと早く、魔王討伐に向けて動けるようになっていたはずだから、無駄にこの世界の人間が死ぬことは無かったんじゃないか。


 俺が最初から女神の加護を持っていれば、女神の加護を持った人間同士で争わなくて済んだんじゃないか。


 女神の加護持ちが魔王軍に寝返って、この世界の人間を裏切り、惨殺するという凶行を止められたんじゃないか。


 見ないフリ、気づかないフリをし続けていたが、もう無理だ。

 俺は猛烈にイーリスを殺してしまったことを後悔している。

 後悔しているからこそ……何故俺がイーリスを殺してしまったのか知りたいんだけどな。


 当の本人が、余計なことを思い出すなと死んでまでも忠告してくるんだからどうしようもない。

 俺に出来ることをやり続けるしかないんだ。

 それが俺の贖罪なのだから。


 「麗蒼……頼む……辞めてくれ……俺もこっちの世界に来たばっかりの頃、忠告してくるイーリスの声に抵抗してあの日の記憶を思い出そうとして、身体を壊したんだ。お前に……そんな辛い思いをさせたくない」

 「じ……仁……で……でも……」

 「……もう嫌なんだよ。俺のせいで、俺の友達や仲間や恩人が苦しむのを見るのは……」

 「仁……? どうして……泣いてるの?」


 ファウンテンの街で地獄の光景を見た時も。

 ジェノニアの街やフィスフェレムの屋敷で吐き気を催すような光景を見た時も。

 リベッネが伊東いとうに殺された時も。

 ネグレリアの城で、この世界の人間にも多くの裏切り者がいるということを知った時も。


 泣かなかったのにな。

 何故今、俺は泣いているんだろう。

 別に、麗蒼が死んだわけでもないのに。

 涙が止まらない。


 麗蒼も顔を上げて、俺を見ている。

 きっと、何泣いてんの? って思われただろうな。

 でも、分からない。

 分からないんだ。

 

 「ああっ……クソ……っ……。俺が……聞きてえ……よ……。この世界の人間が大量に死んでいるのを見た時も……大関おおぜき達やしゅん達が死んだ時も……色んな悲しいことがあっても泣かなかった……いや……泣けなかったのに……」

 「……一人で抱え込み過ぎなんだよ、仁は。正直言うと……仁とはもっと早く会いたかった。もっと早くうちらに会いに来て欲しかった。ううん……ゴメン……今の無し。うちらが、仁を探しに行くべきだった」


 麗蒼はそう言うと、頭痛を堪えながらフラフラと立ち上がり、また俺にハグをする。


 「ゴメンね……仁。正直……諦めてた。もう仁はいなくなっちゃった。死んじゃったって思ってた。諦めずに信じて、仁を探して会いに行ってれば、もっと多くの人が死なずに……苦しまずに……助かったのかな? 後悔しかないよ」

 「……麗蒼」


 涙を流しながら謝る麗蒼を、抱きしめる気にはなれなかった。

 その資格が俺にはもう無いのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る