第80話 気が進まないけど行くか……

 「で、でも……ごめん……じん。アルレイユ公国じゃ私が無能だってことが広まっているから、貴族とかがいる東側じゃ買い物どころか出歩いているだけで、酷い目に遭わされちゃう……」


 また麗翠れみは申し訳なさそうにしながら、俺に謝る。

 

 ……出歩いているだけで酷い目に遭わされるとか、どんだけ麗翠はアルレイユ公国の貴族連中に嫌われているんだよ。

 まあ……嫌われていなければ、アルレイユ家の屋敷であんなに罵倒されるわけがないけどさ。


 「もしかして……今着ている物は西側で買ったのか?」

 「うん……ダサい……よね。でも、しょうがないよ……西側に高価な服が売りに出されていても誰も買わないだろうし、逆にそんな高価な服があったら、強盗に入られちゃうよ」

 「…………」


 アルレイユ公国の西側には、奴隷や下級国民しか住んでいないって、現地にいた騎士達が言っていたから、予想はしていたけど……やっぱり治安も悪いのかよ。

 高価な服が売りに出されてないってことは、性能の良い防具もあるわけないよなあ……。


 俺は思わず頭を抱えた。

 金があっても、欲しい物を買える場所がアルレイユ公国にはない。


 俺一人で東側に麗翠の防具を買いに行くか?

 ……いや、俺もこの国の領主であるあのクソジジイに喧嘩売ったわけだし……顔が割れてるか。

 じっくり色んな物を見て買い物……ってのも無理だな。

 それに、ちゃんと麗翠にピッタリの防具が俺一人で買える自信も無い。


 「女神の緑イーリス・グリーンで他の国に転移して買いに行けないか?」


 ダメ元で麗翠に聞いてみた。

 俺がこの家で麗翠を探していたほんの十数分の間に、麗翠が西側で服などを買えたのは、恐らく女神の緑の能力の一つ、転移を使ったからだろう。

 アルレイユ公国ここで買えない以上、他の国で防具を買うしかない。

 ……が、馬車などを使って他の国へ移動するのも時間が掛かる。

 転移で他の国に行けるのなら、転移で行ったほうが早いからな。


 「一応行けるけど……女神の緑の専用魔法の一つ、転移魔法のトランスファーは私か女神の加護を持った仲間が行ったことのある場所にしか転移出来ないんだよね……どこにでも自由自在に行ける魔法ってわけじゃないし、女神の加護を持っていない人は一緒に転移させられないの」


 麗翠は、微妙でしょ? と言いたげに顔をしかめながら、自身の転移魔法について説明する。


 転移魔法があれば便利屋扱いはされても無能扱いはされないだろうから、おかしいなとは思っていたが……女神の加護を持っていない人間には使えないのか……。

 ……なるほどな。

 アルレイユ公国この国じゃ麗翠を活かせないわけだ。

 だって、麗翠以外は女神の加護持ちがいないんだから。

 

 「ちなみに麗翠はアルレイユ公国以外の国ではどこに行ったことがあるんだ?」

 「ロールクワイフ共和国ぐらいかな……。正直、あそこもアルレイユ公国ここの西側と大差ない品揃えだと思うよ? 仁はどこに行ったことあるの?」

 「ボルチオール王国とセトロベイーナ王国の二つだな。どっちもアルレイユ公国ここの西側よりはマシだけど……セトロベイーナ王国に関してはあんまり良い防具は揃っていなかったな」

 「じゃあ……行くとしたらボルチオール? 王国だね」

 「…………」


 いや、そうなんだよ。

 その通りなんだよ。

 俺と麗翠が行ったことがある国が、ボルチオール、セトロベイーナ、ロールクワイフだけ。

 それでセトロベイーナとロールクワイフは、あんまり品揃えが良くない。

 だったらボルチオールに行くしか無いんだけどさ。


 (「申し訳ないですけど、俺は金輪際ボルチオール王国のためには何もしません。ヴェルディア討伐はもちろんやります。ですが、ボルチオール王国が他国から侵略されたり、他国と戦争が起きた場合、俺は一切関わりません。と王様に伝えておいて下さい」)


 ……サンドラさんとメリサさんにこんなことを言って、まだそんなに月日が経ってないのに、ボルチオールに戻って来るとか、なんか俺凄くダサくないか?


 「ボルチオール……ボルチオールかあ……」

 「な、なんか凄く行きたくなさそうだね」

 「いや、俺が悪いんだ。気が進まないけど……行くしか無いな。ボルチオールの王都、カムデンメリーに行こうか。あそこなら、防具だけじゃなくアクセサリーとかも買えるし」


 ……色んな物を買ったり、飯を食いに行ったりだけじゃなくて、散髪もしなきゃだしな。

 俺は二年間髪を切ってないせいで、うっとうしい長髪。

 麗翠もさっきよりはマシになっているだけで、ちょっと変な髪型だからなあ。

 仕方ない。

 まあ、カムデンメリーに行ったぐらいで、文句は言われないだろうし、面倒なことも起きないだろうから大丈夫かな。


 「早速で悪いけど、転移魔法でカムデンメリーに連れて行ってくれ」

 「うん、分かった。じゃあ、仁も女神の緑を握って」

 「麗翠が握っている女神の緑の柄の部分を俺も握れば良いのか?」

 「そうそう。あっ……仁の手が……」

 「?」


 ……なんなんだ麗翠は?

 今度は急に顔を赤くして。


 「なあ……麗翠? 顔真っ赤だぞ?」

 「!? ト、トランスファー!」

 「眩しっ!?」


 な、なんなんだ……本当に……。

 情緒不安定過ぎるだろ……。

 そう思いながら、俺はまた強い光に包まれた。

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