第75話 一人ぼっちの理由

 「いない……どこだ……橋本はしもと。おーい橋本ー、いたら返事してくれー」


 アルレイユ家の屋敷にいたはずの俺が、今は何故民家にいるのかは分かっていない。

 しかし、それよりも問題なのは橋本がいないことだ。

 あんなボロボロの状態で放っておける訳がない。


 すぐに橋本を見つけないといけないし、何よりここがどこなのか手がかりも欲しかったので、民家の中をくまなく探していた。


 ……だが、手がかりは無かった。

 俺がいつの間にかいた民家は、本当に普通の民家だったのだ。

 ちょっと広めな三階建ての。

 誰も住んでいないわけでは無さそうだし、綺麗に掃除もされている。


 ……というか、ここに住んでいる人間が帰ってきたら、泥棒扱いされるんじゃねえか? とそっちの方が心配になった俺は、とりあえず民家を出ようと玄関へ向かう。


 ……けど、何で俺はこんな民家に……。

 トランスファーって魔法の詠唱が聞こえて、そうしたら強い光に包まれて、眩しくて目を瞑って、光が収まったと思って目を開けたら、ここにいた。


 ……トランスファーって移動とか転送って意味だったよな?

 つまり俺は魔法でここに転移させられた?

 誰が何のために?

 もっと言えば、そんな夢のような魔法があるのなら、じゃあなんで移動手段として馬車を使っている国がある?


 ボルチオール王国でも、セトロベイーナ王国でも、アルレイユ公国でも、遠くの場所へ行くための移動手段は馬車だった。


 転移魔法が使える人間が多くいるなら、わざわざ馬車なんか使わず、転移魔法を使える人間に金でも払って転移した方が良いに決まっている。

 

 つまりこの世界の人間は転移魔法を使える人間がいないか、そんなに多くはいないってことだ。

 だとすれば、俺をここに転移させたのは橋本……なのか?

 アルレイユの騎士隊やあのジジイに従っている側近達やあの屋敷の使用人が、そんな夢のような魔法を使えるほど、優秀な魔法使いとも思えないし。


 色々考えていたその時だった。

 俺の目の前がまたしても強い光に包まれる。


 「チッ……またかよ」


 さっきと同じで、目を開けていられないほど光が強過ぎる。

 俺はまた目を瞑った。


 「えっ……あっ……じん……。ご、ごめん、眩しいよね?」


 光の先から、俺が探していたかつての仲間の声が聞こえた。

 この声は……。


 「橋本……だよな?」


 光が収まったので、目を開く。

 すると目の前には、橋本が立っていた。


 小柄で、黒髪のセミロング。

 元々橋本はスレンダー体型ではあったが、最後に橋本を見た時よりも痩せ細っている。

 顔も少し痩けていた。

 それでも、アルレイユ家の屋敷で見たボロボロの姿の橋本と比べれば、今の橋本は大分マシになっていた。


 髪はつやつやで、服もまともな格好だし、香水かなんか付けているのか良い匂いもする。


 「久し振り……仁……。ごめんね……私の家に一緒に転移させたのに、すぐにいなくなって。ビックリしたよね? ……でも、あんな姿……仁には見られたくなかったし、見せ続けるのも嫌だったから」


 申し訳無さそうな顔をしながら俺に謝る橋本。

 やっぱり……魔法を使って、俺を転移させたのは橋本だったのか。


 「いや本当、久し振りだな。最後に会った時から二年以上は経っているし」

 「ビックリしたんだよ? 君主様が呼んでいるって騎士隊の人に連れて行かれたら、仁がいるんだもん」

 「俺もビックリしたよ……。あまりにもボロボロだったから、最初は誰だか分からなかった。まさか橋本だったなんて……」

 「…………」


 ん? あ、あれ?

 俺マズい事言ったか?

 橋本が何か凄く不機嫌なんだけど。


 「あのさ……仁。久し振りだから忘れているのかもしれないけど、橋本って呼ばないで」

 「え? あっ……ああ……思い出した。そうだったな麗翠れみ


 そうだそうだ。

 最近色々とあったし、こっちの世界に来て二年以上だから忘れてた。

 橋本って呼ぶなって言われていたのを。

 ……そんな大事なことを忘れてしまうほど、俺はこっちの世界で必死に生きていたってことだな。


 麗翠は、同じクラスに双子の妹の麗蒼れあがいた。

 この麗蒼というのが麗翠とは違って、派手な水色の髪をした男ウケの良いギャルだった。


 俺も麗蒼とそれなりに仲良かったな。

 男友達と話すように下ネタとか全然話せたし、遊びに行ったりもしたし。

 後、麗翠と双子のはずなのに巨乳だったし。


 でも、活発で派手な麗蒼に対して、麗翠は大人しくて真面目だったからな。

 よく男子に、橋本姉はつまんねーとかからかわれていたっけ。


 しかも先生も麗蒼のことは名前で呼んでたのに、麗翠のことは名字で呼んでたし。

 それが嫌だったからだっけ?

 麗翠が俺には橋本って呼ぶなって言ったのは。


 ……やっべぇ……全然覚えてねえよ。

 話題変えるか。


 「てか、ここって麗翠の家なの? 一人で住むにしては広すぎないか?」

 「……元々ここは、四人で住んでいたから」


 今度は悲しそうな顔をする麗翠。

 四人ってことは……勇者パーティーの四人だよな……。


 「……嫌だったら言わなくても良いけど、他の三人ってどうした? 麗翠がリーダーの四人一組の勇者パーティーだったはずだろ?」

 「……三人とも、私に愛想を尽かして、麗蒼の所に行っちゃった。……私が無能……だった……から……私と違って……麗蒼は……優秀みたいだから……」

 「……麗翠」


 やっちまった。

 バカだな俺……元々四人で住んでいたって言ってたんだから、察するべきだったのに。

 反省は後だ。

 まずは麗翠を慰めよう。

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