第74話 橋本 麗翠
「トロトロ歩くな! この無能め!」
「痛った……痛い」
数分ほど待つと、ジジイに命令された騎士が、アルレイユ公国の勇者を連れて戻ってきた。
……しかし、扱いが酷いな。
思いっ切り騎士に蹴られたせいで、俺の近くにまで転がって来たぞ。
「フン……相変わらず鈍いのう。それでいて軟弱な体じゃ。軽い蹴りを一発お見舞いされたぐらいで転がるとは……」
老眼のせいでよく見えなかったのか?
このジジイは?
どこが軽い蹴りだよ。
思いっ切り騎士に後ろから蹴られていたろ。
「す……すみません。く、君主様……ゲホッ」
蹴られた場所が悪かったのか、アルレイユ公国の勇者は吐血していた。
……この国の勇者も女勇者だったのか。
小柄で華奢……どころか、ろくに食事も与えられていないのか、最早ガリガリだ。
着ている服もボロボロ……髪もボサボサ……顔も汚れているし、痛みで立ち上がる事すら出来なくなっている。
流石にこれは扱いが酷い。
「君主様……この方が、この国の勇者なのですか……?」
「疑問に思って当然じゃな。少し見ただけでは子供の奴隷にしか見えん。じゃが、正真正銘、キサマと同い年で、キサマと同じ世界から来た人間じゃ」
「…………」
このボロボロになっている女性が、俺の元クラスメイトだと?
見れば見るほど信じられない。
……てか、こんな奴いたか?
二年以上会っていないということを差し引いても、風貌が変わり過ぎていて……。
しかし、その時だった。
「……え? じ……
「……は?」
目の前のボロボロな女性は、俺の名前を呼んだ。
そして、その声には……聞き覚えがあった。
嘘だ……そんな訳ない。
間違いであってくれ。
「無能が気安く、新しいアルレイユ公国の勇者となる男の名を呼び捨てにするとは何事じゃ! レミ!」
……ジジイ。
勝手に俺をこのクソみたいな国の新しい勇者にしてんじゃねえ。
だが、それよりも……。
「今……何て言った? レミって言ったか?」
「な、何じゃ……? 急に? 血相を変えて?」
急な俺の変貌にジジイだけでなく、周りにいる側近や騎士も驚いている。
……そんな事はどうでもいいんだよ。
「いいから答えろ……お前らが無能と呼ぶこの女勇者の名前をレミと呼んだかって聞いてんだよ……俺はそんなに気が長くねえぞ……」
「ど……どうしたのじゃ……一体……」
ジジイは、戸惑うばかりで俺の質問に答えようとしない。
「おい、お前! たかが勇者が、一国の君主様に対してその口の利き方はなんだ! フィスフェレムを討伐したからって良い気になるな……グフッ!?」
さっき、レミに蹴りを入れた騎士が気に入らなかったのか、俺に文句を言ってきながら近付いて来たので、お返しと言わんばかりに蹴りを入れてやった。
「キ、キサマ! 何をしておる!?」
「はあ? コイツがこの女勇者に軽い蹴りを入れたように、俺もコイツに軽い蹴りを入れただけなんだけど? この騎士も軟弱な体じゃね?」
「なっ……か、軽く……じゃ……と。軽い蹴りで、アルレイユ騎士隊特注の防具を粉々にしたというのか……」
……本当は結構力を入れて蹴ったけど。
それでも、まさか蹴り一発で騎士が戦闘不能になるとは思わなかった。
まあ、俺を久しぶりにキレさせたからな。
コイツらは。
「おいジジイ……もう一回だけ聞くぞ? お前らが無能と呼んでいた女勇者の名はレミなのか?」
「そ、その無能がレミという名前だとしたら、何の問題があ、あるというのじゃ! そんな事よりキサマのその態度……」
「大問題に決まってんだろ!!!!!」
ジジイの言葉を遮り、俺は思わず声を荒らげてしまった。
よほど大きい声を出していたのだろう。
騒ぎを聞きつけた、ここの屋敷の使用人や護衛の騎士隊の人間などがゾロゾロと入って来た。
ああ……やっべぇ……コイツら全員殺す……いや、
どうせ他国からは悪評しか立ってないし。
完全に俺は殺気立っていた。
この場にいる人間を全員皆殺しにしてやろうかと思ってしまったぐらいには。
しかしその時だった。
「ト、トランスファー……」
謎の魔法の詠唱と共に、俺は突然光に包まれた。
な、何だこれ……い、一体何が……。
ま、眩しい……め、目を開けてられない……。
◇
……消えたか?
何だったんだ……あの強い光は……。
俺を包んでいた光が消えたことが確認出来たので目を開く。
「……え? ここは?」
驚くのも無理はなかった。
さっきまで俺は、アルレイユ家の屋敷で側近や騎士隊の連中に囲まれながら、あのジジイと色々と話していたはずだった。
なのに……今、俺がいるのはどこかの民家の部屋だ。
アルレイユ家の屋敷じゃない。
いや、それよりも。
「
無能と呼ばれ、アルレイユの連中に酷い扱いを受けていた女勇者の名を呼んでいた。
彼女は、俺の元クラスメイトというだけではない。
野球部マネージャーとして、色々サポートしてくれていた恩人の一人だ。
だから、俺は我慢ならなかったのだ。
彼女があんな扱いをされていることに。
俺が分からなくなってしまうほど、彼女の姿が変わり果ててしまったことに。
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