第65話 もう遅い? それはお前だよ

 「全く、酷いよ。ここはお前の来る所じゃないとでも言いたげじゃないか? 僕にだって大関おおぜきさんのご冥福をお祈りする権利はあると思うけどね?」


 伊東いとうは俺達の反応が気に入らなかったのか、露骨に不機嫌になって文句を言う。

 そんな事よりもだ。


 この男は、ムカついただけで数十人の人間を殺したのか……。

 終わってるよ。

 勇者パーティーとか女神の加護を持つ者とかそんなんじゃない。


 人として終わってるよ。


 「まあ別に上野くんはどうでもいいよ。気に入らないのはお前らだよ。まさかあんな雑魚だったとはね。そのくせによくも僕を二年もの間バカにしてくれたな。今日はその復讐に来たんだ。悪いけど上野くんは引っ込んでいてくれ」

 「ああ、分かった。……なんて、言うとでも思ったか? いい加減にしろよ」


 確かに伊東の気持ちは俺にも分かる部分がある。

 この世界の人間は、どうも女神の加護を持った人間……異世界から来た人間に過度な期待をし過ぎている。

 それでいて、異世界から来た人間が期待外れだとバカにする。

 そのクセに自分達は弱い。


 全員が全員そのような人間ではないが、そういった人間が多いのもまた事実だ。

 だから俺も、ボルチオール王国にいた時にそのような人間を見殺しにしたし、これからもそんな人間は助けないだろう。


 だが、自分の手で殺すのは違う。

 殺すにしても、女神の加護を悪用して侵略行為をしている岸田きしだのような連中を殺すならまだ分かる。

 

 自分をバカにしてたから殺す。

 それじゃ、バカにしてきた人間以下に自分から成り下がるようなものだ。


 「……伊東、お前の気持ちは分かる。だが、バカにしてきた人間を殺して何になるんだ」

 「心の傷って知ってるかい? 時に、言葉は刃物より鋭い凶器になる。セトロベイーナ王国の人間は、言葉という鋭利な凶器で僕を……僕達の心を殺した殺人集団だ! だから分からせてやるのさ! 自分達の愚行をね!」


 伊東は誇らしげに、高々と宣言した。

 ダメだな、もう。

 何を言っても無駄だ。


 もっとも、フィスフェレムの甘い言葉に乗り、セトロベイーナ王国を裏切った時点で既に手遅れだったのは間違いないが。


 ……人として底辺に落ちてもなお、更に下に落ち続けるか。


 自分達の愚行を分からせる為に殺す。

 そんな事をしても、幸せになる事は無いのに。

 生き残った他国の人間からは、悪口を言われたぐらいで人を殺す犯罪者だと呼ばれるだけなのに。


 伊東にはその覚悟があるのだろうか。

 仮にここで、セトロベイーナ王国の人間を全員殺したとしても、必ずどこかでこの悪行はバレる。

 バレれば、伊東は色々言われるだろう。

 その度にまた人を殺すのか、この男は。


 「ほらほらどうした! 正論を言われちゃって反論出来ないのかな!? 女王様も護衛の騎士達も! もう遅い! お前ら全員に僕の本気を見せてやる……邪魔しないでくれよ? 上野くん? 邪魔すれば殺すよ?」


 反論が出来ないんじゃねえよ。

 女王様達は。

 恐怖で何も言えなくなってるだけだろ。

 伊東が魔王軍に寝返った事は俺が話しているし、魔王の剣ベリアル・ブレイドという強力な武器を手に入れたのも俺が教えたし。


 「ああ……良いねえ。僕をバカにしてきた連中が何も言えずに、ただ僕に殺されるのは。あのリベッネとかいうムカつく女は最後まで抵抗してきたけどさ」

 「!? ま、まさか……剣士イトー……あ、あなたは……リ、リベッネを……」


 伊東の言葉を聞いて、女王様が震えながら口を開く。

 そうだ。

 確か、リベッネは今日、怪しい人間を追い払う為に門番の代わりをしていたはずだ。


 「ああ、殺したよ。特にあの女には色々言われていたからね。グチャグチャに殺してやったよ。この返り血は、あの女の物だ。あの女は大関さんにも色々言っていたのを知っているだろう? だから、あの女の返り血に染まったこの防具を大関さんへのお供え物にしようと思ってね。本当はあの女の身体をバラバラにしたものをお供えするつもりだったが、あの女に対しては殺意が収まらなくてさあ……」

 「ああ……そ、そんな……リ、リベッネ……リベッネ……!!!」


 あまりにも残酷な現実に、女王様は泣き崩れてしまった。

 護衛の騎士達も、辛うじて立ってはいるが、涙を流している。


 「良いねえ……良いねえ! 最高だね! お前らのその顔を見たかったんだよ! なあに、そんなに泣くことは無いさ! すぐにあの女の元へ送ってあげるよ! そう、地獄にね!」

 「……デッドリーポイズン」

 「グフッ!?」


 俺は、女神の紫イーリス・パープルで、亜形あがたを死に追いやった猛毒魔法をかけていた。

 流石に、聞いていられなかった。

 もう遅い?

 それはお前だよ、伊東。


 「……う、上野くん……キミか? ……キミだな? 流石だよ、中々効いたよ……フィスフェレム様を倒しただけはある」


 吐血し、ゴホゴホと咳込み苦しそうにしていたが、命に別状は無さそうだ。

 ……少なくとも、今の伊東は亜形以上って事か。


 「女王様や参列者の避難の誘導をお願いします。皆さんを、庇っている余裕は無さそうなのでね」

 「わ、分かりました! 女王様、行きましょう!」


 護衛の騎士達は、女王様を連れて参列者が多く集まる方と走っていった。


 「……あーあ、邪魔しないでって言ったのにさ。死にたいの?」

 「その言葉そっくりそのまま返すよ。お前こそ死にたいのか? 複数起動マルチプル……対象は女神の紫と女神の黒イーリス・ブラックだ」

 「もう少し、賢い……いや、上野くんは賢かったはずだよ? 元の世界では?」


 俺達二人は、お互いにそれぞれの剣を相手に向けていた。

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