第31話 勇者の名前は大関

「も、もう一回セトロベイーナの勇者パーティーの名前を聞いて良いですか? おかしいな……知り合いのはずなのに誰一人として、心当たりが無いんですよ」

「だから、勇者オーゼキ、騎士サトー、剣士イトー、回復術士スズキですって!」

「……」


 右隣のヤベー女兵士に聞いたのが間違いだったか?

 絶対名前間違えてるだろ?

 回復術士のスズキしか分からないぞ?

 ……そもそも回復術士って何?

 ニーナみたいな回復魔法が得意な魔法使いと何が違うんだ?


 スズキだから恐らく鈴木すずきだよな?

 問題はクラスに鈴木が二人いたからどっちか分からないって事だけど。


 鈴木春斗すずきはると鈴木桃奈すずきももなのどっちだろう?

 春斗の方は覚えているが、桃奈の方は全く印象に無いし、覚えていない。

 ……アレ? 桃奈で合ってたっけ?

 桃は覚えているけど……後一文字自信ないな。


 とりあえず、回復術士は鈴木春斗か鈴木桃奈? なのは分かったから良いけど、問題は勇者オーゼキ、騎士サトー、剣士イトーだよ。


 ……サトー? ……サトオ? ……サトウ?

 あ、佐藤さとうか。

 またありきたりな名字だな……。

 何で名字で呼ばせているんだよ?

 佐藤なんかクラスに三人いたからますます分からねえじゃねえか。

 しかも、全員男だし。


 佐藤航也さとうこうや佐藤隼さとうしゅん佐藤貴さとうたか……、貴……ああ、ダメだ。最後の一人のもう一文字が出ない。


 航也は同じ野球部でバッテリーを組んでいたから当然分かる。

 隼は、クラスの副委員長だったから知っている。

 貴なんちゃらは、マジで知らん。

 全く記憶に無いし、全く覚えていない。

 とりあえず騎士はこの三人の誰か。


 佐藤と同じ考え方で行くと、剣士イトーは恐らくイトウだから伊藤。

 あ、同じクラスに伊東もいたな。

 伊藤千広いとうちひろ伊東悠太いとうゆうたか恐らく悠也ゆうや


 伊藤の方はバスケが凄い上手い奴。

 伊東の方は全く覚えていない。

 まあ、名前すらあやふやな時点でな。

 よし、剣士は伊藤か伊東のどっちかだな。


 うーん。

 やっぱ二年経ってるし、何よりこっちの世界に来たって事もあって、元の世界のどうでもいい事を忘れつつあんのかな?

 ちょこちょこ元クラスメイトの名前を忘れているのがその証拠だな。


 さあ、問題の勇者オーゼキだよ。

 オーゼキ……オゼキ? ……オウゼキ? オオゼキ? オオゼキ! オオゼキか!

 オオゼキならクラスにいたのを覚えている。

 だが、一応確認しよう。


「セトロベイーナの勇者ってもしかして、女性ですか?」

「はい! そうです! 太った女勇者です!」

「ちょっとリベッネ! セトロベイーナ王国の勇者様の悪口言わない!」

「はあ? 事実を言っただけでしょ? 事実を言っただけで悪口になるあのブスが悪いのよ」

「いい加減にしなさい!」

「……」


 まーた俺を挟んで言い争いが始まったよ。

 とりあえずセトロベイーナ王国の勇者が誰なのか分かったから良いけど。


 太っていてブス(右隣のヤベー女兵士曰く)の女で名前がオオゼキ。

 間違いない。


 大関おおぜきだ。

 大関おおぜき美羽みうだ。

 太ってい……ぽっちゃり体型なのと大関という名字のせいで、関取だの相撲取りだの酷いあだ名を付けられていたのを覚えている。


 マジか……。

 ほぼ死んだも同然で、今は延命されている状態だというセトロベイーナ王国の勇者は、大関なのか。


 うーん。

 あの大関がほぼ死んだも同然か……。

 確かに大関は運動神経の欠片も無かったから、女神の剣イーリス・ブレイドを持っていたとしても、剣術や剣技を身に付けられなくて、フィスフェレムに勝てなかったのも分かる。


 だが、大関はバカじゃねえ。

 勉強は出来て、常にテストの順位は学年十位以内には入っていたから、教師達からはいつも褒められる程、頭が良かった。

 それに性格も優しかった。

 虐められていた奴を庇ったりしていたし。


 勝算無くして、フィスフェレムへ挑むなんて事はしなさそうなんだけどな。

 魔王軍七幹部であるフィスフェレムへの無謀な挑戦は、同じ勇者パーティーのメンバーを殺すようなもの。

 そんな愚行は大関の性格上、絶対やらないと断言出来るんだけどなあ……。


 焦ったのか、それともセトロベイーナ王国の連中からフィスフェレムを早く討伐しろとでも言われていたのか、……俺みたいに早く元の世界へと帰りたいと思ったのか。


 何かしら理由はあったんだろうな。


 大関と同じ勇者パーティーだった、フィスフェレムの屋敷から帰って来なかった三人も気になる。


 いや……本音はそうじゃない。

 剣士も回復術士もどうでもいいんだ。

 騎士の佐藤ってのが、航也かどうか気掛かりなんだ。


 航也は辛い時も楽しかった時も共にした野球部の仲間だ。

 俺が東京の大学から誘って貰える程、野球の実力を付けられたのは、航也のお陰だ。

 俺はまだ航也に恩を返せてねえ。

 こんな所で死なれちゃ困るんだよ。


「他の三人……騎士サトー、剣士イトー、回復術士スズキの特徴を教えて貰っていいですか?」

「はい勇者様! えーと……騎士サトーは、チビでパッとしない奴で、剣士イトーは剣士のクセに剣術も剣技も全く出来ないって断言出来る程下手な奴で、回復術士のスズキは、不気味な女なんですよ~前髪が長過ぎて顔が全く見えない人形みたいな女です! 絶対ブスです!」

「リベッネ! だから悪口は辞めなさい!」

「だから、事実を言っただけで悪口になるのが悪いのよ! もう最悪! セトロベイーナもボルチオールみたいにイケメンが勇者だったら良かったのに!」

「リベッネ!」


 ……はい、また俺を挟んで言い争いが始まりました。

 ……騎士サトーが航也じゃなかった。

 それだけで十分だな。


 安心したのか、眠くなってしまった。

 言い争いしている女兵士達は放っておいて眠るとするか。

 窓から外を見ると、もうとっくに夜だし。


 馬車に揺られながら、セトロベイーナ王国の女兵士達の汚い罵り合いを子守唄に俺は眠りについた。

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