100円棚の夢

仕事帰り、男はいつもと一本違うビル街の裏通りを歩いていた。

夕闇が隙間を照らす先に、黄色い日除けシートを掛けた店があった。

どうやら古本屋のようだ。

太いマジックで100円と書かれた紙が貼られた棚には、男が子供の頃に難しくて読破できなかった本があった。

「いらっしゃい。お客さん、その本が気になりますか?」

店の奥から出てきた皺の多い店主に驚きつつ、男はその本の思い出を語った。

「はあはあ、成る程。確かに子供には難しい本ですからね。では、こちらはどうでしょう」

一度店の奥に引き返した店主が持ってきたのはちょうど本が一冊入る四角い銀色の金属の箱だった。

「これに本を入れて枕元に置いて寝てください。一夜の夢の中で本の世界を丸ごと体験できますよ」

言われた通りにすると、男は確かに本の世界を体験した。

懐かしい一度は読んだ所からまだ知らなかったその先まで。

 ただ気になったのは、ずっと煙草臭いし目が醒めると日焼けしているし、顔の皺が増えていた。

再び店を訪ねて店主にその訳を聞いてみた。

「それはですねお客さん。あの装置は本の世界を丸ごと体験するものですから。本についた嫌な臭いも再現されますし、日焼けもあります。しかしお客さん、まだその程度でよかったらですよ。表紙を亡くした本やページが抜け落ちた本なら…。えぇ、これを機に本を大切にして頂ける方が増えれば幸いです」

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