手短な話

アホマン

サーファー

かつて友人だった会社の同期の話。

友人はサーファーだった。

海の側にあるアパートを借りて週末は勿論の事、長期休暇となれば波を求めて海外まで足を運ぶ根っからの趣味人。

 そんな友人の恋人もサーファーなのは必然だった。

お互いに根っからのサーファー。

恋人としてもサーファーとしても尊敬し合う二人に、結婚秒読みの噂が出回るのは必然だった。

 恋人がサーフィンで亡くなった。

天候が急変して、高波に攫われのだ。

一緒に行く予定だった友人は自分を責めた。

何でどうしてを繰り返し自問して。

仕事も欠勤しがちになり、ついには退職した。

職場の人間は誰も友人を引き留める事が出来なかった。

 俺は友人の事が心配でならなかった。

だからあの日、アパートに訪問した。

久しぶりに会う友人は驚きと喜びで迎え入れてくれた。

目の下にはクマが浮き出て、ひどく浮腫んでいる。

部屋中に転がる洋酒の酒瓶が、友人が仕事を辞めてからどんな生活を送ってきたかを雄弁に語っていた。

リビングは足の踏み場もない程に荒れているが、テーブルの上だけが綺麗になっているのが不気味だ。

グラスに酒瓶を傾けて勧めてくるが、飲む気にはなれない。

初めは亡くなった恋人の思い出を笑顔で語っていたが、段々と涙声になってゆく。

「やっぱりな、俺、あいつしか愛せないんだよ。」

グラスを呷り、止まることがない。

「あの時は最高に幸せだったよ。なあ見てくれよ、ほら、あいつ最高に可愛いじゃん。」

テーブルに置かれた写真立てを見せてくる。

恋人の誕生日を皆でサプライズで祝った時に撮った写真だ。

仕事帰りのスーツ姿のままで集まって、同じく仕事帰りの恋人をアパートに呼び出し皆で祝った楽しい思い出。

 写真の中で友人は笑い、恋人ははめられた恥ずかしさからムッとむくれている。

「なぁ見てくれよ。ほら、今でも嬉しそうにあいつ笑ってるじゃん。」

友人はただひたすら酒瓶を傾ける。

「おい!もう飲むのは止めろ!お前、このままじゃ本当に死んじまうぞ!!」

「死にたいんだよ!俺、あいつと一緒になりたいんだ!だってほら、あいつも笑ってるじゃん。」

いくら制止しようにもグラスを呷るのを止めようとしない。

いくら言葉をかけても、もう友人には届かない。

情けないが怖くなってアパートを飛び出した。

心が完全にいってしまった友人が怖かった。

 それから数日が経ち、警察がアパートに訪ねてきた。

なんでも友人と連絡が取れなくなった事を心配した家族が警察に連絡して、テーブルにうっぷつして亡くなっているのが見つかったと。

状況から鑑みるに自殺に近い死だが、アパートの防犯カメラに亡くなる直前、部屋から飛び出す俺が映っていたから形式として話を聞きに来たと。

「それで貴方は友人が心配になりアパートまで訪ねた訳ですね。」

「ええ、そうです。」

「ざっくりとで良いですが、その時の状況を教えていただけませんか?」

「あいつはずっと写真を眺めて酒を飲んでいました。いくら止めようとしても止める事が出来ませんでした。」

「酒を飲んでいた…。間違いないですね?」

「そうですよ!酒瓶が部屋中に転がっていましたよね?あいつはずっと酒を呷っていたんです。今でも無理にでも止めてやればよかったと後悔しています。」

警察官は腕を組み、なにやら考え込んでいる。

「これは本当は話すべき事ではないかもしれませんが聴いて下さい。貴方の友人の死因はアルコール中毒ではありません。塩分を過剰に摂取した事による脱水症状でした。瓶に残った液体を調べてみたら、海水でした。」

海水…?なんでそんなものを飲んでいたんだ?もしかしてあいつと一緒になりたいって意味は、溺死した恋人も死ぬ間際に飲み込んだから自分も海水を飲んで……。

「仏さん、幸せそうな顔をしていました。」

返事が出来ない。頭の中が真っ白になっていく。

「無作法とは思いますが事件性もあったので、仏さんが抱きしめていた写真立てを見させて貰いました。」

あのサプライズの写真か。

「仏さん、本当に恋人の方を愛してらしたんですね。」

「ええ……本当に。」

「お二人ともサーファーだったんですね。いや、部屋の中でウェットスーツを着てびしょ濡れの写真を撮るなんて本当に仲睦まじい事で。」

何を言っているんだこの警察官は……?

仕事帰りのサプライズで二人ともスーツ姿だった。

「二人とも、本当に幸せそうな笑顔の写真でした。」

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