目が覚めて (2)
まだ本当にガキだったころの話だ。
あの日俺は、朝から狩りにでて昼じゅう外で過ごして、日が暮れる直前に村に戻ったんだ。
その頃はそういう事がよくあった。体力も力も有り余ってる年頃でよ、体を動かしたくて仕方なくてな。
朝のうちに狩りをして昼までには村に戻るのがルールなんだが、手元には狩りの獲物があるし、そこらの野山にも食い物はいくらでもある。
喉が渇けばいくらでも水を飲める場所があったし、くたびれるまで外をうろついてたんだ。
けどその日は、家に戻っても誰もいなかった。
いつもなら「何してたんだ!」って家に入るなり怒鳴るおやじもおふくろもいねぇ。妹と弟2人もどこ行ったんだか、外はもう暗いってのに家にいねぇんだ。
床にはでけぇ葉が敷いてあんだが、そこに食べかけのスープと草の実があってな。
こんな早くからもう飯食ってたのか、珍しいな、とは思ったんだ。
でも飯の途中ならまだ近くにいんだろ、って外を探してみたら、誰にも会わねぇしどこん家も静かなんだ。
もう村中のもんが家に戻ってくる時間だってのに、しーんと静まり返ってやがる。
向かいの家のいつも大声で騒いでる息子すらいねぇ。
試しによそん家の中も覗いて回ったが、やっぱり食いかけの飯が置いてあんだ。
急な用でもあって村中が出てっちまったのか、にしてもガキどもまでいねぇのはさすがに妙だと思った。
村の外は丸太で一周囲ってあって、出入口が何か所か開けてあってな。
オークは夜目が効くったって夜の山はあぶねぇし、よほどの事が無けりゃ夜は大人でも塀の外には出ねぇ。
ましてや子供は家からも出るなって言われて育つもんだ。
それに何かあった時は櫓に提げた警鐘鳴らして、その下の空き地に集まるか逃げるかする決まりになってる。
いくら1日ほっつき回ってたからって、その音が聞こえねぇようなとこまで行ったわけじゃなし、丁度その頃にドワーフから、でけぇ音が遠くまで響く鐘を手に入れたばっかりだったしな。
俺ん家は村の端っこの方で、櫓のある空き地からは一番遠いとこにある。
だからとりあえず櫓の方へ向かって歩いたんだが、どっかの家が荒らされてる様子もねぇし、死体やら血の跡やらがあるわけでもねぇ。
なんだったら村のあっちこっちで篝火も焚いてあって、本当にさっき出てったみてぇな感じなんだ。
マジで妙だな、と思ったらだんだん怖くなってきちまった。
どっか遠くの方で獣が唸ってるみてぇな、「ヴゥーッ」って声も聞こえてくるし、ウロウロしてる間に日も完全に暮れちまって、寒くなってくるいっぽうだ。
「おーい、誰かいねぇか!」
って何度も呼んでみたんだが、さっぱり返事はねぇ。
けど村の真ん中辺りに来たところで、
「カーン」
って櫓の鐘が鳴ったんだ。
警鐘の鳴らし方は幾つかあんだが、「カーン、カーン」って1回ずつ鳴らすのは集合の合図だ。
「カンカーン、カンカーン」って2回ずつの時は、「あぶねぇから村に入れ」の合図で、「カンカンカーン」って3回以上続ける時は、「村の外に逃げろ」っていうマジでヤバイ時な。
こん時の鐘は1回だから集合の合図なんだが、鳴らすときは1回きりってことは普通はねぇんだよ。間を空けて「カーン、カーン、カーン」って何度も鳴らさねぇと知らせにならんだろ?
けど合図は合図だ。何が起きてんのか分かんねぇ以上、早く行って確かめねぇとまずい。
俺はそのまま空き地まで走った。
だーれもいねぇ通路に篝火の光が揺れて、それに合わせていろんな影がユラユラすんだ。
物陰から何かがこっちを窺ってるみてぇでこええんだ、それが。
夕方まで出歩く癖があったっつっても、俺もまだ子供だったからな。
夜の村の光景なんぞ初めて見たんだ。
やっと櫓がはっきり見えたとこで、その上で誰かが動いてんのが見えて、俺はホッとした。
知らせの鐘はなかったが、たぶん村総出の仕事でもあったんだろうってな。
しかも1回の鐘で済ますんなら、みんなそう遠くまでは行ってねぇはずだ。
何があったかは行きゃあ分かるだろ。
そう思って俺は走って櫓の下まで行った。
けど櫓に着いた途端に、
「カーン、カーン」
って更に2回鐘が鳴ったんだ。
おかしいだろ?1回目の「カーン」の後ですぐに鳴らすんじゃなくて、ずいぶん間を空けて今度は2回だけだ。
しかも空き地には誰もいねぇ。1回目の鐘で先に来てる奴がいてもおかしくねぇのに、櫓の下にいんのは俺だけだったんだ。
空き地の周りはぐるっと篝火が立ってて、昼間みてぇに明るくてな。
誰か来てりゃすぐ気が付くとは思ったんだが、一応その辺を一周してみたんだ。
そしたらあの妙な唸り声がはっきり聞こえんだ、「ヴゥー、ヴヴヴヴヴッ」って感じか。
しかも1つじゃねぇ、いくつも重なったような声でな。
俺は櫓の上に居る奴に向かって叫んだ。
「おーい!外で何か唸ってる!あぶねぇって知らせてくれ!」
ってな。そしたら返事の代わりに、
「カーン、カーン、カーン」
ってまた鐘が鳴った。
今度は3回だ。しかもまた1打ずつ。あぶねぇから村に入れ、っつうなら「カンカーン」って打たないと意味がねぇ。
こうなったら自分で櫓に上がって知らせるしかねぇな、と思って梯子に足を掛けたところで、
「カーン、カーン、カーン、カーン」
って今度は4回鐘が鳴ったんだ。
もう意味分かんねぇよな。
1回、2回、3回、4回ってだんだん鐘の回数が増えてくんだ。
しかもそこまで鐘が鳴ってんのに、だーれも来ないんだぜ。
空き地にオサでも待ってた日にゃ、おやじのカミナリくらいじゃ済まねぇってのに。
何が何だか分かんねぇけど、ヤバイことになってるってのは俺にも分かった。
必死こいて長い梯子を駆け上がって、櫓の一番上の鐘のところに飛び込んで行った。
そしたら鐘搗き用の木づちを持って、こっちに背を向けた男が立ってたんだ。
「なぁ、どうしたんだよ?何があったんだよ?外から変な声がしてるんだぞ」
俺はそいつの肩を叩いた。
そしたらその男は木づちを下ろしてこっちを振り返った。
その顔を見て俺は叫びそうになった。
いや、大声で叫びたいのに一瞬で喉がカラッカラになって、声が出なかった。
振り返ったその男は俺のおやじだったんだ。
ただし頭が血で真っ赤に染まって、鉄臭い匂いがプンプンしてな、よく見りゃ肌も青黒ーくなってんだ。
目は半分裏返ってて、まず生きてる奴の姿じゃねぇ。
おやじは声も出ねぇ俺を無視して、すぐにまた木づちを振り上げた。
「カーン、カーン、カーン、カーン、カーン」
今度は5回だ。また回数が増えた。
もうどうしていいのか分かんねぇ。
俺はふらふら櫓の端まで行って、何となく下を見たんだ。
そしたらさっきまで誰もいなかった空き地に、ゾロゾロ村の連中が入って来たんだ。
「に、逃げろ、逃げろ!ヤバイ、逃げろ!」
やっと声は出たんだが、まともな説明なんぞできねぇ、とにかく逃げろっつって叫ぶだけだ。
どっかで聞いたことはあんだよ、死んだ奴が生きてるみてぇに動きまわる事があるってな。
おやじはそうなっちまったんだ。しかも死んでんのに鐘を搗いて村の連中を集めようとしてやがる。
けど声が届かねぇのか、村の連中はどんどん櫓の下に集まってくんだ。
よく見りゃオサのでけぇ体もその中にあってな。
こうなったらオサにだけでも伝えにゃならん、と思って梯子を降りかけたら、あの「ヴゥーッ」って声が耳元で聞こえたんだ。
飛び上がって振り向いたらよ、おやじが俺の隣に来て「ヴァゥーッ!」って唸ってんだ。
あの妙な唸り声はおやじの声だったのか、ってちびりそうになりながら下を見たら、櫓の下からも一斉に「ヴァーッ!!」って声が上がったんだ。
俺はやっと気付いたよ、俺が村に帰り着いた時には、もうこの村はとっくに終わって……寝るなよ、おい!
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