第43話 オシリスの呼び声(4)対決

 湊の格闘術は、全てこの男から伝授されたものだ。男は師匠であり、湊のクセも、考えそうなことも、全部承知している。

 笑顔さえ浮かべそうな機嫌のいい顔で、湊の攻撃を受け、流し、軽く仕掛けては湊の反応を見る。

 どう見ても、練習だ。

「よし、いいぞ。これは――よおし、よしよし」

 湊は内心で、憮然としていた。

 オーソドックスに行っても、奇襲してみても、リズムを急に変えてみても、何をしても通じない。それどころか、弟子の成長を喜ぶ師匠のような反応だ。

「ああ、もう!」

「ははは!」

 その向こうで、出入り口の大きな重い扉が閉まり、船が動き出したのを感じた。

「時間稼ぎ成功。

 残念だったね、カナリア。良い所まで行ったのに」

 隙間に公安部員の焦った顔が見えたが、あちらも時間切れだったようだ。

「オシリスのところに行こうか」

 湊は嘆息して、男について歩き出した。

 操船室は広々とした大きい部屋に改装され、大きな嵌め殺しの窓ガラスの向こうに広がる海は、ゆっくりとその景色を変えていた。

 それをバックに、オシリスが待っていた。

 両手を広げて、笑う。

「やあ、カナリア!俺達の勝ちだな!」

「あれはちょっとズルイよ」

 オシリスはヒョイと肩を竦め、

「世の中はフェアなんかじゃないのさ。よく知ってるだろう?」

 今度は湊が肩を竦める番だった。

 そして改めて、皆を見る。

 格闘術の師チェン、爆発物についての師プリーチャー、射撃全般の師ストライク、戦闘機以外の乗り物の運転の師スピード、料理、数学、言語、その他ほとんどの師ドク、応急処置の基礎の師ラスト、そして、オシリス。

「ドルフとハンターは?」

 泳ぎや潜水を教わったドルフと、狩りと解体を教わったハンターがいない。

「ああ。ドルフはアメリカでやられたし、ハンターはアフリカで死んだ。悲しい事だよ」

 オシリスは悲しそうな顔をして見せた。

 どの師も教え方は厳しかったが、本当に基礎からしっかりと教えてくれた。ドルフもハンターも同じで、少し寂しい。

「そう。じゃあ今は7人なのか」

「カナリアを入れて8人だな」

 どうやら船の制御は全てここからできるらしい。

「まずは商売敵を沈めに行くぞ」

「俺は行かない」

「聞きわけがないな。どうしてだ。んん?俺は悲しいよ」

「言っただろう。俺の居場所はここじゃない」

「温い世界で仲良しごっこかぁ?」

 オシリスは肩を竦め、フンと鼻で笑った。

「わかった。気に入った女ができたんだな。

 オシリス。その子も連れて行けば問題ない」

 プリーチャーがポンと手を打つと、ストライクがニヤニヤとする。

「会社の同僚か?美人とキュート、どっち?」

 それに、ラストが顔をしかめた。

「丈夫なのがいいぞ。顔なんて、所詮は頭蓋骨に被せた皮だ」

「違うから」

 湊は疲れ切った気分だ。

 いつもこういう軽口を叩いて、いきなり暴力的な事をしでかしたりするのだ。なので、こうしていても気は抜けない。

「ああ、かわいいカナリアにも反抗期かな?

 お父さんは認めないぞ」

 そしていきなり、独特の声を出す。

「カナリア、おいで」

 精神の奥深くに染み込み、未だに、思考の全てを鷲掴みにする声だ。

 理屈ではない。恐怖、不安、恐れ、喜び、全てがオシリスによって与えられ、コントロールされ、そこから逸脱することなど考えられない。そう、教育された。

 カウンセリングを受けたし、電話でのやり取りでは大丈夫だったので、湊はもう、影響下から抜け出せたと思っていた。

 が、甘かったようだ。

 手足が冷たくなり、舌が凍ったように動かなくなる。

「いい子だ」

 オシリスが自分を抱きしめるのを、他人事のように感じていた。

「うおっ!?」

 オシリスが声を上げて振り払われた腕をさすり、ほかの皆は、目を見開いたり、口笛を低く吹き鳴らしたりする。

「オシリス。俺は行かない」

 湊は、決然としてそう言った。



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