第42話 オシリスの呼び声(3)思惑

 どうやら、輸送に使われていたフェリーらしい。

 船内案内図を見付けたので、それで出入口を探すと、1カ所しかなかった。

「絶対に罠が仕掛けてあるけど、出入り口はここしかないみたいだな」

 頭が痛くなるが、仕方がない。時間をかけたら、船ごと沈められかねない。

 湊は走り出した。

 足を踏み下ろしたら外れて落下する階段や、ワイヤートラップなどという罠をカンを頼りに回避していく。

 それを、船内に仕掛けられたカメラから、オシリス達は見ていた。

「あれに気付くかぁ」

「相変わらず、いいカンしてるなあ」

 感心しながら、見物している。

「警察がそろそろ来るんじゃないのか、オシリス」

 言われ、オシリスは頷いた。

「ああ。もう、出るか」

「あらあ。勝手に時間を繰り上げて、カナリアもかわいそうに」

「文句は公安に言って欲しいなあ」

 それに、幹部の1人が苦笑した。

「本当に、オシリスはカナリアを可愛がってるのかどうかわからないな」

「かわいいさ。俺は、俺の役に立ってくれる子がかわいいんだよ」

 オシリスはそう言って、にっこりと笑った。

 飛び越え、回り道をし、飛び降りる。

 とんだ障害物競争だと、湊は閉口していた。

「ふんぞり返って見物してるんだろ。いい趣味だな」

 カメラに向かって悪態をつく。

 見ていたオシリスは、笑って、冷たいコーラのビンを掲げた。


 湊は、カンと記憶した案内図に沿って出入り口を目指していた。

 と、足元からゴオンと振動が伝わる。エンジンが動き出したらしい。

「急げって事か」

 一層、スピードを上げなくてはならないらしい。

 しかし、傷が入って曇った強化ガラスの窓から外を見た時、湊は間に合わないかも知れないと思った。公安らしき人達が、船に近付いて来ている。

 どうやら出航は、彼らから逃げ出すためか、彼らをここへ誘い込んで、沖合で船ごと沈めるかするためだろう。

 走りながらそう考えた湊だが、出入り口の前に最後の障害がある事がわかった。

 しかし、どのルートを通ろうとも、ここは避けられない。

 せめて面倒臭くないものがいいと思いながら近付いた湊は、溜め息をついた。

「そんな優しくないよな」

 そこには、オシリスの幹部の1人がにこにことしながら立っていた。

「ハイ、カナリア」

 彼は近接戦闘のスペシャリストだ。素手がすでに凶器である。

 昔、遊び半分に色んな訓練をさせられた時、彼の訓練も受けた。勿論、手も足も出なかった。

「やろうか。おいで」

 当時と同じように、片手で、来い、と手招きする。

 湊は溜め息をついた。


 湊がそのフェリーに連れ込まれた事もわかっているが、それよりも重要なのは、そこにオシリスとその側近がいるという事実だった。

 神出鬼没で、逃げるのも鮮やか。昔1度だけバリ島で軍によって追い詰めた事があったが、湊を爆弾に括りつけるという時間稼ぎで逃げ切られた。

 時限爆弾に括りつけられ、逃げられない子供だ。それを放って、避難する事もオシリスを追う事もできるわけがない。

「今度は逃がさない」

 西條は、ぎらつく目で呟いた。

 公安部員だけを急行させているし、船の中という密室だ。もしもの場合、優先するのはオシリスの確保だと命令している。

 湊が不幸な事になったら、「長年警護を続けて来た我々としても非常に残念です」と、しゃあしゃあと言うつもりだ。

「終わりだ」

 成功を確信した時、現場から知らせが入った。

『船のエンジンがかかりました』

「逃がすな」

『はい――あ。

 拉致された篠杜 湊が、オシリスの仲間と向かい合っているのが見えました』

「やっぱり仲間か」

『いえ、脱出しようとするのを、捕獲しようと――』

「篠杜 湊は、オシリスの協力者だった」

『……』

「生死はどうでもいい。オシリスさえ逮捕できれば」

『……了解しました』


 錦織以下別室のメンバーは、難しい顔で集まっていた。

 田中に、盗聴機を取り付けていたのだ。

 まあ、錦織に言わせれば、毎日部屋に仕掛けられているのだから、たまにはこちらがやっても文句を言われる筋合いはない、という事だ。

「どうしましょう、室長」

 悠花がオロオロとするのに、雅美が据わった目で言った。

「私が乗り込みます」

「待って、雅美さん。どこからどうやって?」

 涼真が訊くと、

「正面突破です」

「無理です」

 清々しい答えだが、無理そうだ。

「まあ、皆さん落ち着いて」

 錦織は、柔和な顔で言う。

「公安を船内に入れる前に出航してしまおうという考えでしょう。そして、湊君の下船を阻止するための手が打たれているのかと。出航そのものは阻止できそうにありません」

「そんな、湊を助けられないんですか」

 涼真が困ったように言う。

「それは困りますね」

 錦織は、どこかに電話をかけ始めた。



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