第40話 オシリスの呼び声(1)拉致

 自宅に帰りついた途端電話が鳴り出し、湊はそれをポケットから出した。

 通話相手は公衆電話なので一瞬迷ったが、出た。

「はい」

『やあ、カナリア』

 そして、出た事を少し後悔する。

「こんばんは。どうかしましたか」

『そろそろ帰っておいでよ』

「よく言う」

 過去に自分にした事を忘れているのだろうかと、湊はオシリスの悪びれない声に呆れた。

『カナリアがいないと詰まんないしさあ』

「爆弾につないで逃げたでしょう?忘れたんですか?」

『悪かったよぉ。でも、大丈夫だと思ったからだぜ?迎えに行こうと思ってたのに、カナリアは日本に帰って公安に四六時中見張られてるしさあ』

 文句を言いたそうな声音に、湊はオシリスの表情が目に浮かぶようだった。

「戻りませんよ。

 用件はそれだけですか?だったら切ります。もう関係ないので、かけて来ないでください」

 言って、切る。

「ふざけた事を。はあ……」

 湊は嘆息して、バスルームに行った。

 どうせ公安が盗聴しているだろうから、これで、少なくともこちらには関わり合いたくないという気持ちしかないという事を、いい加減に理解してもらいたいもんだな、と思いながら。


 翌日、朝からとっかえひっかえ、情報課の誰かしらが来た。上田は休み時間にスイーツの新作の試食を持って現れ、川口は涼真にサバゲーに行こうと誘いに来て、ついでに湊達もどうかと誘った。そして昼休みには食堂でテーブルが隣になり、就業時間後はジムで山本と加藤と一緒だった。

 更衣室で着替えて一旦別室へ戻ると、錦織と情報課の田中課長が難しい顔で話していた。

「じゃあ、失礼します」

 田中が一礼して出て行くと、錦織は嘆息した。

「どうも、融通が利かないねえ」

「公安も必死なんでしょう。オシリスを捕まえたくて」

 湊が言い、錦織は苦笑した。

「まあ、わかりますか。情報課が公安のアンダーカバーだというのは」

 湊は肩を竦めた。

 アンダーカバー。公安が身分を偽装して捜査を行う時に、会社や店、工場などの社員に成りすます事がある。経営者は知っていそうなものだが、そうとは気付かないまま、普通に雇っている場合もある。

「警備会社の情報課とは、考えましたね。色々調査していても、警備の為とか何とか言えば不自然じゃない」

「湊君。怒ってもいいんですよ?この部屋は毎日私がクリーンにしているけど、自宅はきっと盗聴もされている」

「昨日オシリスから電話がありました。もうかけてくるなと言っておいたんですが、公安は次の連絡を待っているんでしょう」

「やれやれ。湊君はオシリスからの連絡に迷惑しているというのに」

「本当なら、待ち合わせの約束でもして欲しいんじゃないですか」

 湊と錦織はそんな話をして、別れた。

 会社を出ると、監視の目が付いている事が気配でわかった。

 これが鬱陶しいからと撒いた事もあるが、その時はスッキリしても、結局いい事はない。大人しく尾行されておこうと湊は諦めて歩き出した。

「あら。湊君」

 帰り道のスーパーから、ひょっこりと雅美が出て来た。

「雅美さん。買い物ですか」

「ええ」

 並んで歩き出す。

 と、チクチクとするような、嫌な感じがし出す。

「湊君?」

 雅美がすぐそれに気付いて、真顔になった。

「公安じゃない。何かに狙われている」

 言いながら、辺りを警戒しつつ、足を速める。

 この道は、夜になると交通量が減り、人通りも少なくなる。助けを求めるには、向いていない道だ。

「人通りの多い道に出ましょう。その方が安全です」

「ええ」

 急ぎ足で歩いていると、不意に、それがわかった。

「雅美さんか?」

 雅美にその悪意が向いている。そうとわかった直後、通りの車から、雅美に向かってライフルを構える人間が見えた。

 それで湊は、雅美を抱き込むようにして、射線から外した。

 小さな発射音がして、背中にチクリと痛みが走った。

「湊君!?」

 ズルズルと倒れ込む港を、雅美が支えようとする。

「雅美さん、逃げて」

 急激に薄れようとする意識の中、雅美が一瞬硬直した後、ズルズルと倒れるのが見えた。

 どこかで、急ブレーキの音がし、続いて車のドアを開ける音がすると、ののしるような声がして、だれかに担がれるのを感じ、そのまま完全に湊の意識が途絶えた。

 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る