第37話 見たくなかった(1)ダブルデート

 鼻歌が気付かずに出て、足取りが軽い。

「何だかご機嫌だね」

 涼真に言われ、悠花はにまっと笑うと、

「ええっ、そうですか?うふふ。そんな事、ちょっとだけあるかも。

 仕方ないなあ。聞きたいですかあ?」

 別にどうでもいいと思ったが、

「聞け。話したい」

と無言で言っている悠花に、

「いや、別に」

とは言えない。なので、

「うん、聞きたい」

と涼真は答えた。

 悠花は嬉しそうに笑いながら、もじもじとして言った。

「実は、この間ばったり元同級生に会って、付き合う事になったんですよ。フフフ。これから、親友とダブルデートなんですぅ」

「ああ、そうなんだ。ええっと、楽しんで来てね」

 涼真が言うと、悠花は、

「はあい。じゃあお先に失礼しまぁす」

と、スキップしそうな足取りで、就業時間の終わりピッタリに出て行った。

「親友とダブルデートねえ。ダブルデートって、要するに、お互いにどっちがいい相手を見付けたか比べるんだよな」

 湊が言うと、涼真は、

「否定はしないけど、2人きりでは間が持たないとかいう、付き合い始めなんかにもするよな」

と言った。

「まあ。経験豊富なのね」

 雅美が言うと、涼真は苦笑し、

「いえ、大学時代に1回だけ。その1回で、彼女に振られました」

と答えた。

「まあ、悠花ちゃんはいい子だし、上手く行く事を祈りましょう」

 雅美はそう言って笑った。


 悠花はガラスに映った姿で前髪をチェックし、待ち合わせの噴水前に出た。

「今晩は。お待たせしたかしら。すみません」

 それに、スラリとした大人しそうな青年が、にっこりと笑う。

 栗原省二、悠花とは高校時代のクラスメイトだった青年だ。中堅どころの会社に勤めるサラリーマンだ。

「いいや、今来たところだから」

 そう言って、悠花を恥ずかしそうに眺めた。

「竹内さん、ワンピース、可愛いね。似合うよ」

 悠花は赤くなって、ちょっと俯いた。

「あ、ありがとう。栗原君こそ、かっこいいわ、スッキリしてて」

 それでお互いに赤くなりながら、恥ずかしそうに俯く。

 と、そこに新たな2人が加わる。

「ごめんなさい、遅くなっちゃったかしら」

 悠花の親友の新山英梨と、青年がもう1人。

「英梨!と、英太君?」

 青年はピョコンと頭を下げた。

「今晩は」

 英梨が続けて、言った。

「彼と別れちゃったの。それで、弟の英太を連れて来たわ」

「英太です。よろしくお願いします」

「何か、悪かったかな」

「いいわよ、悠花。ばかねえ」

「じゃあ、行きましょうか」

 それで4人は、近くのレストランへと歩き出した。


 翌日、デートの首尾はどうだったのかと訊く気は全くなかった皆だが、あまりにも悠花の様子がおかしいので、訊かなくてはいけない気にさせられてしまった。

「俺はどうでもいいけど」

「気になるだろ、湊も。なれよ」

「無茶な。

 でも、昨日とは雲泥の差だな」

「朝から、溜め息をつくか考え込むかですしねえ」

「何かあったのかしら」

 小声で、湊、涼真、雅美、錦織は話しながら、悠花を窺い見た。

 悠花はぼんやりと考え込んだかと思えば、重苦しい溜め息をつき、我に返って書類に向き直ったかと思えば、「あ」と言ってやり直す。

 それでお互いに、

「誰が何と言って訊くんだよ。俺はそういうの無理だぞ」

「ボクだってちょっと」

「上司が訊くと、叱責とかハラスメントと受け取られかねませんしねえ」

「え、私?」

「雅美さん、女同士という事で」

 それに湊と錦織も頷き、雅美は仕方がないかと、役目を引き受けた。

 どういう風に訊くべきかと考えながら、まずはお茶を淹れて全員に配り、カップを悠花に渡した流れで訊く。

「悠花ちゃん、昨日はどうだったの。楽しめた?」

 それに悠花は、複雑そうな笑顔を浮かべた。

「そう、ですね。楽しかったのは楽しかったです。ご飯も美味しかったし」

「あら。良かったじゃない。

 あそこでしょ、夜景がきれいなレストランって、特集に載ってた」

「そう、そう!きれかったですよお。もう、お客さんもカップルだらけなところが笑えましたけど」

 思い出したのか、悠花は笑い、そして、また沈んだ顔をした。






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