第36話 対話(4)話さなくても通じるというのは幻想

 つつがなく披露宴は進行し、大勢の招待客を送り出した後、行人、恵梨香、湊、柳内、別室のメンバーだけが喫茶店の小部屋を借りて集まっていた。

 そこで、このメンバーには全てを話しておく。

「というわけで、遺恨はなくなったと思う。兄さんに話すかどうかは任せるけど、北条さんには、普通に接して欲しい」

 湊がそう言うと、行人は軽く嘆息して頷いた。

「わかった。麻美さんが何か言わない限り、何も無かった事としておこう」

「皆さん、お手数をおかけしました。ありがとうございました」

 恵梨香が頭を下げる。

「あれだな。亜弓って子も、そんな気を回すんじゃなく、苛めを辞めさせる方に頭を使えばよかったのに」

 柳内が残念そうに言った。

「そうね。教師でも教育委員会でも弁護士でも警察でも、駈け込めば良かったのよ」

 恵梨香が溜め息をつく。

「いっそ、転校でもよかったと思いますよ。お兄さんとお父さんの所に行くとか」

 悠花が言うのに、

「そうなると母親が1人になるとか思ったんだろう」

と湊が言うと、皆、嘆息した。

 柳内が言う。

「何にせよ、言うべきだったんだよ。よく、わかってくれるはずとか言うけど、わかるわけがないよ。せっかく言葉があるんだから、対話しないと」

 ピク、と行人と恵梨香が肩を揺らした。

「まあ、終わった事だしな。

 さあて、帰るか。

 引き出物何だろう。重いな」

 湊が言うのに、恵梨香が思わず答えた。

「選んではがきを出すアレよ。あと、バームクーヘンと金平糖と紅茶と、屋号の入った手ぬぐいとお茶、麻美さんのお父様の牧場で作ったチーズとフォンデュセットですって」

「豪華!」

 思わずといった風に悠花が声を上げた。

「滝川牧場のチーズって、人気で手に入らないそうですよね」

 雅美が言うと、皆、じいーっと引き出物の袋を見る。

「わかった。会社でチーズフォンデュしよう」

「え、いいの、湊君!?」

「家で1人でやるのもな」

「やったー!あ」

 涼真が行人と恵梨香と柳内を思い出して、万歳した腕をどうしようかと悩む。

 それを見て、その3人は笑い出した。

「そうだな。

 湊。タニマチも役者も、欲望や嫉妬がサラリーマンよりもずっと強い。それにお前が勘付くとわかれば、余計に神経を尖らせる者も多い。悪循環だな。

 そう思って、お前をお義兄さんに預けた」

「せめて、もっと電話くらいしてきなさい。お兄さんも知らせてはくれるけど、爆弾魔に襲われたとかナイフを持ったヒヨコを取り押さえたとか、不安にしかならないわ。

 ナイフを持ったヒヨコって何なの?余計にわからなくて怖いわ」

 別室のメンバーは思わず吹き出した。

「社長。その報告の仕方はどうなんです?」

 悠花が言うと、柳内は口を尖らせた。

「だって、メールって字数制限があるだろ?それに、詳しい事は守秘義務もあるし」

「いや、中途半端にそう言われても、余計にわからなくて心配しますって」

 涼真は、口の端をヒクヒクさせて言う。

「まあまあ。今後は湊君が定期連絡を入れるという事でいいんじゃないかしら」

 雅美が言って、湊は肩を竦めた。

「面倒臭いな」

「まあ!呆れた!」

 それで皆は帰る事にして、席を立った。


 別室には、柳内も嬉しそうにいた。

「早速ですか」

「いいじゃないか!2人分チーズもあるし、楽しい事は皆で分け合おう」

「社長がいると、社員はリラックスできないんですよ」

 言って錦織と柳内が皆の方を見ると、全員、わいわいと騒ぎながら楽しんでいた。

「慣れたようだね」

「そうですね」

「じゃあ、また来てもいいね!」

「頻繁に来るのはどうかと思いますがね」

「ケチな事を言うなよ、錦織君」

 錦織は、

「まあ、良しとしますか」

と苦笑した。



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