第26話 強盗強要(2)手違い

 犯人は落ち着かない様子で、車を走らせながら、

「困ったなあ。こんなはずじゃなかったのに。どうしよう」

と呟いていた。

「あの。何で強盗なんてしたんですか」

 悠花は訊いた。

 犯人はチラッと悠花を見、ミラー越しに涼真を見、口を開きかけたところで、電話が鳴る。犯人は車を道端に停めて、急いで電話に出た。

「はい!」

 悠花と涼真は、視線を合わせた。

 何かおかしい、というのが、お互いの表情に現れている。

「今、ちゃんと強盗して来たよ!茜は!?」

 ますます、悠花と涼真は眉を寄せた。

「あ、人質だ。その、逃走のための」

 悠花は、自分を指で指した。

「え?それは、心配だったんだろ?大丈夫、ちゃんと、その、黙っててもらうから!」

 今度は涼真が、自分を指さした。

「殺せ!?そんな――おい!おい!

 クソッ」

 電話は切れたらしい。

「あの、もしかして、強盗しろって強要されてます?茜って人を人質にして」

 涼真が聞こえた単語から推測して訊くと、彼はハンドルに突っ伏すようにして、大きな溜め息をついた。

「お手伝い、しましょうか?」

 悠花が言うと、彼は顔を上げ、迷うように視線をさ迷わせた。

「ボクは、保脇涼真と言います」

「私は、竹内悠花です」

 それに釣られたのかどうかはわからないが、彼は口を開いた。

「三津屋健人です。ええ。異母弟に、妹を人質に取られて、さっきの人から鞄を取れって言われました」

「異母弟が?」

「さっきの人、弁護士なんです。うちの。父の遺言状を持ってる筈で、それを奪えって」

 涼真と悠花は考え込んだ。

「遺言状の中身が不利なのかしら、その異母弟さんに」

「か、なあ。

 警察に言った方がいいんじゃないですか?」

「だめだ。言えば何をするか。そういうやつなんだよ、あいつは」

 諦めきった顔付きの三津屋に、涼真と悠花は困ったように顔を見合わせた。

「でも、ボク達の事、知ってましたね。見てるのかな」

 涼真が辺りを窺い見る。

「多分。

 それで、あなた達を、始末しろって」

「え……」

「始末してから、1人で別荘に来いって。

 すみません」

 涼真と悠花はギョッとした。

「殴るから、死んだふりしてください」

 真剣そのものの顔付きだ。

「ちょっと待って、三津屋さん。それじゃあ、解決にならないです!」

「いいんです。妹さえ無事なら」

「待って!お願い!」

 涼真と悠花が座席の隅に追い込まれて行く。

 その時、窓ガラスがコンコンと叩かれ、3人は揃って外を見た。

「あ」

 殺人者と愛人かというような2人組が、そこにいた。

「あの――!」

 悠花が言いかける途中で、男がドアを乱暴に開け、涼真を引きずり出す。

「さっき車こすっただろう。ああ?」

 女が、悠花を引きずり出した。

「謝れないなんて、ゴミなの?」

「え、ちょっと」

「ゴミなら片付けないとな」

「そうね」

 男と女は、涼真と悠花を関節をきめながら横道へと歩き出し、ふと三津屋を振り返った。

「お前もちょっと待っとけ。こいつらを片付けたら、次はお前だ」

 男に簡単に言われ、呆然とそれを見ていた三津屋は、我に返った。

「逃げて!」

 涼真が言い、言われるがまま、三津屋は車を出した。

 しばらくそのままの姿勢でいると、数十メートル置いて、別の車が走って行った。

「あれが監視者だな」

 男――湊が言って、皆で車に戻る。

「え、何で知ってるんですか?

 あ!さっきの人!」

 殴られていた人が後部座席に乗っていた。

 涼真はポケットから電話を出した。

「湊にかけて、通話状態にしておいたんだ」

「早く追わなきゃ!」

「大丈夫だ。雅美さんのスマホを座席に残して来たから、GPSで追える」

 車を出して、距離を置いて走り出す。

 雅美は膝の上のノートパソコンを広げ、自分のスマホの位置をフォローしている。

「あの、けがは?」

 涼真が言うのに、弁護士が答える。

「大丈夫です。謝りながら加減して殴られたんで、大して力は入ってなかったんですよ」

「一体何がどうなってるんです?」

 皆は一様に首を捻ったが、湊が言う。

「このまま追って、異母弟とやらに訊けばいい」

 車は、どんどん寂しい方へと進んで行った。

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