ヨモギ色の魔法使いの冒険
7
ヨモギは洞窟の入り口を見てまず思った。
「臨時休業なんてしちゃったけど大丈夫かな……わたしが帰れなくなったらどうしよう……」
店の心配。
そして、禍々しさあふれる、理想の『死霊の迷宮』を思わせる入り口。
「あからさまに入り口っぽいわね……ジェノシィが本当に戻ってこなかったのなら、現地人ガイドが怖がって逃げて近づかないのもなんとなく解るわ……」
ジャングルの奥だった。食料品店特製の防虫スプレーのおかげでヒルや蚊や蛇やアリやハチに悩まされずに、ヨモギはそこへ到達した。
この門をくぐるもの
一切の希望を棄てよ
などとは書かれていないが……
入り口はわかりやすく、苔むした岩にポッカリと空いた穴だった。
入り口をまず丹念に調べることにするか。
ヨモギは、まず酸素濃度や猛毒の有無を調べた。そして、ジェノシィの足跡があるはずと確信して地面も調べた。
あった。魔法使いの散歩用ブーツによる、アーリアードの糸と呼ばれる足跡がすぐに見つかった。糸と言う名の足跡は、それを逆にたどれば、迷わず入ってきたときの通り道をさかのぼり、どんな迷宮からも脱出できるというものだ。
「よし、行きますか」
ヨモギは自分用の『糸』をブーツのかかとに塗って、洞窟へ踏み入った。
「ここがいわゆる第一階層……」
寒くなるだろうと防寒具を着て下り道へと入ったが、寒くはない。むしろ暑い。理由はわからない。ヨモギは上着を脱ぎ、ふたたびノースリーブの格好になった。
ジェノシィの足跡は延々と続いていた。ヨモギはそれをランタンで照らしつつ、魔女の目で見ながら、追跡していった。
「魔術を使っても大丈夫かしら……何年ぶりかな……」
ヨモギは背嚢からロッドを取り出した。
ロッドの先端の水晶球は、赤い。炎のロッド『イグニッター』は、妹ジェノシィと全く同じと言っていいほどのもの、いわゆるおそろいだった。
魔力解放一四パーセント……炎の魔力が妹ジェノシィの痕跡と共鳴し、ジェノシィの足跡を明るくうかびあがらせた。ヨモギはなんとも言えない安心感を覚えた。
「あとはただ歩くだけかな……いや、ジェノシィが封じられて出てこられないのだと仮定したら、理由は一方通行の落とし穴か何かかも……」
慎重にいかないと危険だ。
そして慎重に歩いていくと、水たまりや危険生物にぶつかることはなかった。しかもほぼ水平の道だった。
やがて、ヨモギは下り道にたどりついた。ジェノシィの足跡は普通につながっている。トラップドアなどは無いようだ。
「第一階層には何もなしか」
本当に何もなかった。横道や分岐路はあったわけだが、ジェノシィの足跡はまっすぐ安全地帯を通っていたのだ。
ヨモギは下り道を二〇メートルほど歩いた。
ヨモギは第二階層に降り立った。
《紫水晶の酩酊窟》。ヨモギは勝手にそう名付けた。壁も床も天井も紫色に透きとおり、輝いている。
紫色に支配された視界は、酔いを覚ますといわれる紫水晶でできているようだが、しかし、見ているとくらくらと逆に酔っ払ってしまいそうだった。
しばらく歩いていくと、壁に落書きのようなものがあった。ひと目見て、おそろしく古いものだとわかった。古代エルフ語だ。
《伝説のオモチ》
《偉大なる財宝》
《財宝の書》
《解放のベル》
《七本の祈りのロウソク》
《そして叩け》
とあった。
「間違いない。これが例のネットの詩の元になったものだ。現地人ガイドはこれを読んだジェノシィをどんな顔で見たのかしら……」
また、それらのエルフ語へのコメントかのように、魔女言語で書かれた《ジェノシィ参上》という落書きもあった。こちらはマーカーペンで書かれていて、かなり新しい。一、二ヶ月前のものだろうと思われた。ヨモギは息を呑んだ。ジェノシィの筆跡だと確信した。ここを通過したのか。元気あふれる妹の姿が想像できた。
気が緩んだ瞬間……ふと、背後に何かの気配がした。
ふしゅるるる……
ヨモギが振り返ると、二〇歩ぶんくらい離れたそこに、巨大な緑色の爬虫類がいた。体高はおよそ三メートルで、二本の後ろ足で立っていた。
ドラゴンっぽい感じだ。
ガァァァ……!
ドラゴンっぽい感じの生き物が威嚇するかに吠えると、その開かれた顎から青い炎が吹き出された。
ギャアァァォォ!
怪物は大音声の咆哮とともに襲いかかってきた!
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